存続の危機から再生なるか「近江鉄道」めぐる挑戦 県や沿線自治体が動いて、上下分離方式導入へ

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県は、鉄道事業の輸送改善に比較的熱心だった。1991年に公費負担で東海道本線新快速が長浜駅へ直通し、大きな経済効果をもたらした成功体験があった。その後も新快速の県北部への直通、輸送改善・バリアフリー化などにも取り組んできた。近江鉄道線についてもSOSが出る前から問題意識を抱え、2012年に活性化計画を示していた。また、三日月知事はJR西日本出身者ということもあり、公共交通に対して理解のあるスタンスを取ってきた。

東近江市も、近江鉄道線の存続に積極的に取り組んできた。市民の利用の多い八日市線のバス転換という選択肢はありえないからだ。市長は会議で前向きな発言を繰り返し、負担割合を決める際にも、第2位となる20.7%を引き受けている(滋賀県50.0%)。

近江鉄道サイドも考え方を変え、2018年に経営資料を公開し、県の経営分析にも応じた。鉄道部の和田武志課長は「行政には地域交通を維持するための仕組みを一緒に作ってくださいとお願いした」と語る。「助けてほしい」や「公的資金を入れてくれ」だけでは住民が置いてきぼりになる。「地域が鉄道を残す意義はなんなのか」考えてもらうチャンスと思ったという。

「鉄道は地域に必要か」の問いかけが大切

関係自治体が積極的に動くことで鉄道存続への道が開けた。将来が見えてきたことで、県と沿線市町は年6億円強の財政支援を行い、近江鉄道はCTC装置の置き換え、老朽橋梁の整備など設備更新にも資金を投じることができた。

鉄道を存続させるメリットとして、まちづくり、地域のイメージ、交通弱者の移動手段確保、安定的な走行、文化的側面……を掲げる識者は多い。

ただ、漠然として印象だけで語っていても、なかなか自治体関係者や議員、有権者には伝わらない。各地で鉄道事業やバス事業の再構築の議論が進まない主因でもある。

そうした中で、滋賀県は鉄道事業の経営状況を客観的に把握して分析し、定量的に語ることに努めた。情報開示することで、関係者が課題を共有することが可能となる。そして、県と市町、そして近江鉄道が鉄道線としての価値を再認識したことで存続は決まった。

だが、鉄道が地域で本当に必要とされているのか。沿線住民は潜在的なユーザーであり、かつ有権者でもある。彼らの支持がなければ持続的な経営支援は不可能だ。

近江鉄道は2019年に「みらいファクトリー」を立ち上げた。沿線住民と社員が一緒になって鉄道を活性化するアイデアを考えようとの取り組みである。

2022年10月には鉄道線の無料乗り放題イベントを実施し、定期外乗客数の12倍となる3万8000人が押し掛けた。2023年10月の「ガチャフェス」(大人100円で乗り放題)も2万人を集めた。同時に各駅の周辺で活性化イベントを展開し、多くの鉄道利用者が参加した。普段、近江鉄道線を利用しない住民たちが存在価値を再認識したという声も多かった。

「近江鉄道は地域のまちづくりに欠かせない存在である」との思いをどのように有権者と共有できるのか。来年春の上下分離、そしてその先を目指した模索は続く。

森口 誠之 鉄道ライター

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もりぐち まさゆき / Masayuki Moriguchi

1972年奈良県生まれ。大阪市立大学大学院経営学研究科前期博士課程修了。主な著書に『鉃道未成線を歩く(国鉄編)』『同(私鉄編)』など。

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