「国立劇場」建て替え入札業者すべて辞退の裏事情 伝統芸能の聖地が再開メド立たない異常事態に

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ゲーリー・パールマンさんの話を聞いて、思い浮かんだのは、大阪市立住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」だ。江戸、明治、大正、昭和の住まいの博物館で、中でも江戸時代の展示が圧巻だ。ドーム型空間に天保年間(1830年代)の大坂の町家を実物大で再現している。

「ここは大坂町三丁目という架空の町です。200年の時空をさかのぼり、大坂の商家の賑わい、天神祭の飾り付け、四季折々の年中行事、そして日々の暮らしを体感してください」とある。

そこで提案だが、新しい国立劇場は、劇場の外に江戸の街並みを作ってはどうだろうか。そこは芝居小屋、食事処、飲み屋、駄菓子屋、呉服屋などが並ぶ江戸時代の商店街とする。無料でもよいし、多少の入場料を取ってもよいだろう。そこに大小3つの芝居小屋を作る。

「木戸銭」を払って中に入ると実は大きな劇場という趣向だ。内部も徹底的に江戸風情にこだわってはどうか。江戸東京博物館のように日本橋を渡って芝居小屋に行くなどという趣向もよいかもしれない。

豊竹咲寿太夫さんも同様の意見だ。「例えば兵庫の宝塚大劇場のように、その地に降り立てば『これから演劇の世界に浸ることができるのだ』という地域を巻き込んだブランド戦略が重要」と話す。

建築を含めソフトの面でも再構築し、観客が夢の中に入っていけるような世界観を醸し出すことが必要だろう。

大阪くらしの今昔館
大阪くらしの今昔館の江戸時代の街並み(筆者撮影)

政治主導が必要ではないか

ゲーリー・パールマンさんの提案には、長年演劇製作に携わり、海外公演も多く経験する中野正夫さんも賛同する。国立劇場を築地に移転して建て替えるなど、政治主導でなければ実現しない。そこで中野さんは岸田文雄首相の事務所に文書で提案したという。

最近、同跡地は再開発のために東京都が民間事業提案を行った。もし政治主導でこのような計画が実現できたら拍手喝采だろう。しかも、半蔵門の土地の売却等と、築地の土地の取得に時間差が生じることの手当てができれば、現在の国立劇場で興行を続けながら築地で新しい国立劇場を建設でき、休館しないで済むのだ。

この提案が実現したら、経済政策、文化政策、観光振興政策としても効果が大きい。はたしてこれは単なる夢に終わるだけだろうか。

細川 幸一 日本女子大学元教授

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ほそかわ こういち / Koichi Hosokawa

専門は消費者政策、企業の社会的責任(CSR)。一橋大学博士(法学)。内閣府消費者委員会委員、埼玉県消費生活審議会会長代行、東京都消費生活対策審議会委員等を歴任。著書に『新版 大学生が知っておきたい 消費生活と法律』、『第2版 大学生が知っておきたい生活のなかの法律』(いずれも慶應義塾大学出版会)等がある。2021年に消費者保護活動の功績により内閣総理大臣表彰。歌舞伎を中心に観劇歴40年。自ら長唄三味線、沖縄三線をたしなむ。

 

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