「ALPS処理汚染水」放出差し止め訴訟の切実な思い 原告側の海渡雄一弁護士に聞く、提訴の狙いと意義

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――原告のうち、漁業者の事情はどのようなものでしょうか。

国や東電は、「関係者の理解なしに海洋放出はしない」という福島県漁業協同組合連合会との約束を破った。このことの責任は重い。原告にならなかった漁業者も、心の内では提訴した漁業者を応援していると思う。

政府はだぶついた水産物の買い取りなどさまざまな対策によって漁業者を守り抜くなどとPR(広報)しているが、漁業者にとっては、漁をして取った魚を消費者においしく食べてもらうことが喜びの源だ。売れなかったものを政府に買い取ってもらうことは彼らの本意ではない。

かいど・ゆういち/1955年生まれ。弁護士。もんじゅ訴訟、六ヶ所村核燃料サイクル施設訴訟、各地の原子力発電所の差し止め請求訴訟など原子力に関する多くの裁判を担当。2010年4月~2012年5月まで日本弁護士連合会事務総長を務めた(撮影:ヒダキトモコ)

――原告に名を連ねた一般市民の思いは。

東電は原発事故によって、大量の放射性物質を環境中に拡散させた。そのうえ今回は、ほかにも対策があるにもかかわらず、水で薄めているとはいえ、海に放射性物質を拡散させるという間違ったやり方をした。

少なくとも以前より放射性物質が増えることは確かであり、それを市民がいやだと考えるのは当たり前だ。平穏生活権という人格権の一部が侵害されていることは事実であり、そのことを、裁判を通じて訴えていく。

なぜ「ALPS処理汚染水」と呼ぶのか

――国や東電は、ALPSという設備を通じてトリチウムなどを除く大多数の放射性核種を取り除くことができるとして「処理水」という言葉を用いています。これに対して今回の裁判で原告は「ALPS処理汚染水」と呼んでいます。SNS上では、汚染水という言葉を使う人に対して、言葉狩りや攻撃的な言動も目立ちます。

炉心溶融した核燃料を冷やす過程で汚染水が発生し、建屋に流入した地下水と混じり合ってその量が増えていった。それをALPSという装置で処理したのが「ALPS処理汚染水」。処理しても汚染物質が完全になくなっているわけではない。問題は、このALPS処理汚染水の中にセシウム134やセシウム137、ストロンチウム90、ヨウ素129や炭素14などの放射性物質がどれだけ残っているかが正確には明らかでないことだ。

訴状で述べたように、太平洋諸国連合の専門家パネルの見解によれば、東電の測定方法には偏りがあり、1000基を超すタンクに貯められた水に関して、正確なことは分かっていない。特に早い時期にALPS処理された水には高い濃度の放射性物質が残っていて、タンクの底には泥状の物質がたまっているとも言われている。裁判では、このALPS処理された汚染水の実態が何であるかについてまず明らかにさせたい。

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