創造性を刺激するソフトを大学が導入
今やワープロや表計算、プレゼンソフトを使えることは当たり前になった。また、製造業はもとより、事務処理のクラウドサービスはより一層のグローバル化を加速させ、労務管理、経理、購買業務などは、海外へ外注される時代になっている。そうした影響は社会に如実に表れ、日本ではいわゆる会社事務員などの就業者数が減少し続けている。
現代の日本社会では、コンピューターがあれば日本人以外でもできることを教えることは意味がなくなってしまった。現在の小学生の過半数は、将来、今は存在していない仕事に就くと指摘する研究者などもおり、長く暗記試験が重要視されてきた学校教育はICTの進展により大きな変換点を迎えている。
大学においても、ICTの活用によって、教育や研究、経営などのあり方が変わりはじめている。なかでも注目されるのが、これまで文書作成や表計算など実用重視のソフト構成であった大学のパソコンに、「Adobe Creative Cloud」など、学生の創造性を刺激するソフトが提供されつつあることだ。しかも、芸術系の学部や研究室単位で導入するだけでなく、総合大学で全学導入するケースも増えている。
クリエイティブソフト導入の真の意義
注:2014年については11月までのBLSデータを基に著者が推計(年率換算)した フェデラル・リザーブ・バンク・オブ・サンフランシスコのFRBSFエコノミック・レター 2015-02 「高等教育、賃金、および極性形成」 著者: ロブ・ヴァレッタよりの転載 (http://www.frbsf.org/economic-research/publications/economic-letter/2015/january/wages-education-college-labor-earnings-income/) ※当記事に示された意見は必ずしもフェデラル・リザーブ・バンク・オブ・サンフランシスコの経営管理者および連邦準備制度理事会の意見を反映するものではありません。
実社会においてICTのスキルが必須とされる実情を考えれば、大学がICT教育、ICT環境の充実に力を入れるのは必然の流れといえる。そのような中で「Creative Cloud」など、創造性を養うソフトの導入は、実はこれからの人材育成において非常に大きな意味を持っている。ただし、導入する大学側がその重要性をしっかり認識していないと効果は半減してしまう。
芸術系以外の大学生になぜ「クリエイティブ」が必要なのか。それは今までのように、モノを考える人材、モノをデザインする人材、モノを作る人材とが、個別に存在する時代ではなくなってきているということだ。スキルを習得したことで時代の変化に気付いた学生たちは、すでに行動しはじめている。
具体的な例で紹介したほうが分かりやすいだろう。
今回話を聞いた現役大学生の一人、綿貫岳海さんは、早稲田大学創造理工学部総合機械工学科の3年生(取材時)。Adobe Illustratorとの出会いは高校3年のとき、学校内で発行される冊子制作の手伝いを頼まれ、無料体験版を使い始めたのが最初と話す。進路を決める時期になった綿貫さんは、デザインとエンジニアリングのどちらの道に進むか悩んだが、最終的にエンジニアリングに決めた。「僕は、ハードもソフトもわかり、デザインもできるエンジニアになりたいと考えています。たとえばアプリケーションのプロトタイプを、Adobe Photoshopを駆使して作り上げながら、中身のコードも高いレベルで書くというところに目標を置いています」
綿貫さんの目標は、まさにエンジニア志望の学生になぜ「クリエイティブ」が必要なのかに対する答えなのだ。「今の時代、エンジニアとデザイナーの壁はなくなりかけているといわれています。何かモノを作るときにそれぞれが分断しているとどうしても価値を表現しきれない部分があるため、エンジニアリングもデザインも両方できる人材が重要視される時代になってきているんです」
今は、機械工学部の学生が、顧客が使いたいものは何だろうと自分で考え、デザインも含めて実現できる時代になっている。しかも、生まれたときからICT環境に囲まれて育ってきた学生たちは、それを当たり前に受け止め、当たり前にやろうとしているのだ。大学のICT教育になぜ「クリエイティブ」が必要なのかの核心の一つは、まさにここにある。これはエンジニアの仕事、これはデザイナーの仕事という時代ではなくなり、危機意識を持った学生が、自分でさらにスキルを磨こうとしているのである。
1年でクリエイティブスキルを磨く
宮田稔さんは、中央大学経済学部経済情報システム学科の4年生(取材時)。就職活動のとき、ある企業の最終面接でスライドプレゼンテーションを求められた。「実は、そのときはまだIllustratorを知らなくて、その後自分のキャンパス
で導入されていたので積極的に使うようになりました。面接のときの自分のプレゼンテーションを今見るとクオリティの低さを感じます。アドビ製品を早く知っていれば、もっとクオリティの高いプレゼンテーションで面接に臨めたと今は思っています」
「僕自身、アドビのクリエイティブソフトを使うようになって1年も経たないうちに、モノを作って表現し、人に訴えかけることを非常に意識するようになりました。それと同時に、美術館に行くようになったり興味や行動の幅が広がりました。表現力だけではなく、マインドの部分にも影響を与えてくれるという点で、後輩にもぜひ使ってほしいです」
プレゼン力の向上にソフトを活用
一橋大学社会学部4年(取材時)の我妻謙樹さんは、アドビのPhotoshopやIllustratorを使う機会が多い。アドビ製品を使うメリットは、機能や使いやすさに加え、公式も含めてWEB上に質の高いチュートリアルが非常に多くあることだと話す。
「もともとグラフィックデザインに興味があって、無料の画像処理ソフトを使っていました。それが大学2年のときに外国人の先生によるプレゼンテーションの授業をとり、TEDやPresentation Zenなど、論理だけでなく視覚的に訴える優れたプレゼンテーションの事例やスキルを知るとともに、それを実践する授業に刺激されたのが、アドビ製品を使うようになったきっかけです」
日本人のプレゼンテーションのスライドは、箇条書きの文字ばかりだったり、分かりにくいものが多いと感じていた我妻さんは、アドビ製品でプレゼンスキルを磨き始めた。その成果は、大学で学期の中間や期末に求められるプレゼンテーションに生かしたり、論文の表紙をほかの学生と差別化するクリエイティブなものに仕上げた。
「海外では、最先端のICT技術が使える人材がどんどん増え、このグローバル社会のなかではそういう人たちと競争しなければなりません。プレゼンテーションにも当然勝ち負けがあるわけですから、やはり表現するスキルは学んでおくべきだし、そのためのソフトも使えるようにしておくべきだと思います」
斬新なデザインに受けた衝撃がきっかけ
前出、早稲田大学創造理工学部の綿貫岳海さんは、大学に入ってから本格的に使うようになった。
「本格的にIllustratorを活用するようになったのは、今まで見たことのない独特のデザインのプレゼンテーションを見る機会があって衝撃を受け、もっと自由にやっていいんだと気付いたのがきっかけです。それから自分もインパクトのあるプレゼンテーションを目指すようになり、ちょうど3年生で就職活動をする時期になってきたので、今まで作った研究発表やアプリなどをポートフォリオにまとめているところです」
将来の進路をエンジニアと決めた綿貫さんは、早くからIllustratorに出会い、多様なクリエイティブソフトを使えるようになっていて本当に良かったと話す。
早稲田大学では、工学部のパソコン室が昨年すべてMacになり、アドビのIllustratorやPhotoshopなどが導入され学生が自由に使えるようになった。環境がどんどん整っていくので、学生はもっと活用すればいいと綿貫さんは思っている。実際、綿貫さん自身、アプリの制作をデザインまで含めて行ったり、Adobe After EffectsやAdobe Premiereを使って制作したアプリの活用場面を訴求する映像を作って認知を高めている。
進路選択の幅を広げるスキル
学生達の声のなかには、クリエイティブツールのスキルを習得することで、職業を選択する目が変わったといった声も聞かれる。そうした声の一つに、「もっと早くアドビのIllustratorやPhotoshopを知っていれば、進路の幅が広がったはず」という本音の吐露もあり、象徴的である。
アドビ製品などのクリエイティブツールは、学生が就職時など将来を模索する際に間違いなく付加価値となるスキルであり、就職後もそのスキルを磨き伸ばすことは、さらに本人の価値を高めることになるだろう。しかも、使えることが当たり前になった先の展開を考えている学生もいる。
今回、話を聞いたなかでも、特にグローバル競争を自覚する我妻さんは「自分はデザイナーとして就職するわけではありませんが、デザインやプログラミングというのは、英語と同じように自分のエンジンの一つであり、他の人と差別化できるツールです。しかし、使える人が増えてツールのハードルが低くなったときには、良いモノを作るとか、それを人に伝えるという意味において、デザイン思考に基づいた表現スキルが重要になってくると思います」と話す。つまり、表現スキルでの差別化がより必要になってくるということだ。
また宮田さんは、知っている、知らないで大きな差が生まれる時代になったのを実感していると話す。「今は、コスト面でも少し頑張れば、学生でもプロと同じクリエイティブソフトに手が届き、自由に使いこなして世界中の人と同じ土俵で戦えます。そうしたなかでは、アドビ製品はプロが使う本物のツールなので、自分次第で学生でもプロと同じ土俵に立てる世界があることを学生に体験させる力がある。ツール自体を知っているか、知らないかだけで、すごい大きな差ができるという時代であることも知りました」
宮田さんは、就職後、クリエイティブのスキルが生かせる場面では、今まで学んだことを駆使し、常に求められている以上のものを作っていきたいと意欲を見せる。
Creative Cloudを教育機関全体で導入する動きが急増
「2015年4月時点で90校近くの大学がアドビのクリエイティブ製品を大学全体で導入している。最近では、宇都宮大学、慶應義塾大学、大同大学、法政大学、北海道大学、立命館大学などが、包括契約を締結し大学全体での活用を推進している。
この動きは、高等学校にまで広がりを見せている。奈良県教育委員会はすべての県立高校に順次Adobe Creative Cloudを導入する包括契約に加入している。鳥取県教育委員会も包括契約に新たに加入する。これからの高校生たちにとっては、アドビ製品が大学に導入されるのは当たり前の時代になりつつある。」
意識改革が必要な大学のICT構築
ICT環境の充実に注力する大学は年々増えている。それ自体は良いことだが、ICTが単なる事務連絡用のインフラや、持ち歩くのが重いからという学生たちのレンタルパソコンになってはいないだろうか。
これから世界と戦う人材には中身とスキルが必要であり、プレゼンテーションにおいても中身があることは当然で、見せ方のスキルが評価の差につながることになる。個人がパソコンを持つのが当たり前の時代に、大学がパソコンを設置する大きな目的の一つは、学生の創造性を高めるソフトウエアを充実させ、社会で勝てる人材を育てることだ。それが巡り巡って大学の価値向上にもつながるはずである。
大学のICT環境構築は、しっかりとした人材育成の戦略を持って変革する時期にきている。