「ナチスに人生を狂わされた」公証人の心の拠り所 映画『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』の見所

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本作の主人公は、オランダのロッテルダムから豪華客船に乗ってアメリカに向かっていた公証人のヨーゼフ。久しぶりに妻と再会した彼はすっかり衰弱し、目もうつろな状態で船の旅を続けていたが、過去の過酷なできごとが脳裏から離れず苦しんでいた。

それでも妻は「すべて元通りになる」と励ましてくれた。人生が変わる以前の、芸術を愛する友人たちとともに、夜ごとパーティーに興じていたような、しあわせだった日々に。

彼の暮らしはヒトラー率いるドイツがオーストリアを併合した1938年を境に変わってしまった。

その時は、事態をいち早く察知した友人から「今すぐに逃げろ」と警告されていたが、にわかに信じられず、「この混乱もすぐに終わる」とどこか楽観視していたところがあった。

だが危機はすぐそこにあるらしいと悟ったヨーゼフは、妻を先に駅まで逃がし、自身は自宅に戻ることにする。彼が管理する貴族たちの莫大な資産に関する抵当証券や委任状などの書類を処分しなければならなかったのだ。間一髪のところで書類を燃やすことに成功したヨーゼフだったが、そこに踏み込んできたナチスにとらえられてしまう。

食事以外は何も与えられない環境

彼が連行された先は、ナチスがユダヤ人から没収した高級ホテルのメトロポール・ホテル。そこは、ゲシュタポ(ナチスドイツ期の国家秘密警察)が、オーストリアにおける拠点として政治犯やユダヤ人などの拷問に使用するなど、恐怖が支配する場所へと変貌を遂げていた。

そこで彼は、ゲシュタポのフランツ=ヨーゼフ・ベームからの尋問を受け、貴族の所有する資産の預金番号を教えるよう迫られる。

だがヨーゼフはそんなことに協力する気はなかった。そこで彼は“特別処理”に回されてしまう。家具以外には何もないホテルの部屋に軟禁された彼には、食事以外は何も与えられない。文字を読むこともできない。それは本好きな彼にとって、何事にも代えがたい苦痛であった。“特別処理”とは肉体的でなく、精神的に苦痛を与える拷問のことだったのだ。

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