村上春樹新作「文芸のプロ」が読んだ驚く深い感想 『街とその不確かな壁』は"期待通りの傑作"か

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高澤 秀次(たかざわ しゅうじ)/1952年北海道生まれ。早稲田大学第一文学部卒、評論家。民俗、芸能史から文学、思想史まで幅広いジャンルに意欲的に取り組み、特に作家や思想家の評伝を書かせては鋭い切れ味を発揮する(撮影:梅谷 秀司)

作家が単行本化に際して手を加えたり、全集収録に当たり細部に改稿を施すことは、珍しいことではない。

大江健三郎も、自選短篇を編む2014年に、20代に書いた初期の短篇に手を入れている。

だが村上春樹の「失敗作」と認めた旧作への執着には、何かそれ以上のものがある

改めて今回、その「第一部」(初出作品の書き直し部分)を完成させた時点で、「目指していた仕事は完了したと思っていた」(「あとがき」)と、いったん作業を中断させた作者は、半年後に「やはりこれだけでは足りない。この物語は更に続くべきだ」と感じ、再度「第二部」と「第三部」にとりかかっている。

これはいったい、どうしたことだろうか。

その「謎」について考えてみたい。

初出作品から消された部分は?

「街と、その不確かな壁」から『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』へ、そして『街とその不確かな壁』へのテクストの変成の跡は、数えあげれば切りがない「一角獣」が「単角獣」に、「門番」が「門衛」に等々)。

ここではまず、決定的と思われる「初出作品から消された部分」について検討してみよう。

それは、プロローグおよびエピローグにあった、いかにも60年代を引きずったような、「言葉」をめぐるマニフェストである。

次ページもし「第一部」だけなら…
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