ウクライナ戦争が今後の国際秩序を規定する理由 戦争の始まり方、戦い方、終わらせ方が問われる

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ウクライナ軍
西側諸国の支援を受けたウクライナ軍の抵抗により戦局は膠着している(写真:Andrew Kravchenko/Bloomberg

【特集・G7サミットでのウクライナ支援(第5回)】

ロシアのウクライナ侵攻から1年以上が経過したものの、未だに戦争収束の道筋は見えない。

ロシアの近隣諸国に対する武力行使は、近年でもジョージア紛争(2008年)、クリミア半島併合(2014年)、シリア介入(2015年)など枚挙にいとまがない。それでも、主権国家の政権転覆と占領を目的とする侵略行為であること、また国連安全保障理事会の常任理事国の行為であることにおいて、ロシアのウクライナ侵攻は極めて秩序破壊的だった。

現代の国際安全保障秩序の前提は、国連憲章第2条4項に明記される領土の保全や政治的独立に対し、武力による威嚇や行使を慎むことにある。国際法上の武力行使の例外は、憲章51条における個別的・集団的自衛権の行使と、憲章第7章における集団安全保障に限られる。

この基本的ルールに背いて他国を公然と侵略する国に対しては、国際社会から厳しいペナルティを課されることで秩序の前提は維持される。しかし公然たる武力行使がむしろ利得を生み出し、ペナルティも生じないとすれば、この秩序の前提は崩壊する。

ロシアのウクライナ侵攻が国際安全保障秩序にどのような変化をもたらすかは、現在進行している戦争の始まり方、戦い方、終結の仕方に大きく依存する。ウクライナ戦争がなぜ始まったかは、武力侵攻に対する抑止力と抑止失敗の教訓として記憶される。戦争がどのように戦われたかは、現代戦の勝利と敗北、利得と損耗のプロスペクト(見通し)に影響を与える。そして、何より戦争がどのように終結するかは、今後の侵略行為の起こりやすさにかかわってくる。

換言すれば、ロシアのウクライナ侵攻後に世界の安全保障秩序を軌道回復できるかが、問われているのである。国際社会がロシアの侵略行為を歴史的失敗に追い込むことができるか、それともペナルティなく追認してしまうかによって、安全保障秩序の基盤は大きく変化するからだ。国際社会はまだその最終的な答えに至っていない。

戦争はどのように始まったか:抑止失敗の教訓

ロシアのウクライナ侵攻はなぜ起こってしまったのか。その原因について、プーチン大統領の偉大なロシア復活への野心(=選択した戦争)と、ロシアの地政学的懸念(=選択せざるを得なかった戦争)の対比に関する論争がある。しかし原因はどうあれ、仮にプーチン大統領が侵略の意思を固めたとしても、なぜロシアの侵略を抑止できなかったのか(抑止の失敗)は、国際安全保障秩序におけるより重要な論点である。

抑止力が成立するためには、相手が有害な行動をとったとしても利得が得られず、むしろ重大な損害が生じることを損得勘定にかけ、相手の行動を思いとどまらせることが必要となる。相手の侵略行為に対する反撃によって、相手に耐え難い損害を与えることが、懲罰的抑止の基本的考え方である。もう一つの抑止力は、相手が有害な行動をとったとしても、防御能力や強靭性によって作戦目的を達成できないようにし、相手の行動を思いとどまらせることだ。これが拒否的抑止の基本的考え方となる。

戦争開始前に、ロシアとウクライナの軍事力は明らかにロシア優位だった。ウクライナには、ロシアに耐え難い損害を与え得る反撃能力は存在しなかった。ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)加盟国であれば、集団防衛の原則によって反撃能力を調達することができたであろう。しかし、当時のウクライナの安全保障を支えていた国際協定は、アメリカ、ロシア、イギリスがウクライナに安全の保障を約束した拘束力のない「ブダペスト覚書」(1994年)に過ぎなかった。実際、ロシアのクリミア半島併合、ドンバス軍事介入、ウクライナ侵攻に対して、同覚書は何の役にも立たなかった。

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