2つの「東京オリ・パラ」がもたらした「ストーリー」 「近未来日本」を見通すヒストリーという武器

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佐藤といえば沖縄返還をのぞいては内政派というイメージがあるかもしれないが、1962年に池田再選に挑戦することを諦め、準備していた資金を使って欧米視察旅行に出た。吉田の紹介で世界の指導者たちと面会した佐藤は、「世の中は変わっている」、繁栄と安全は一国だけのものではなく協力が重要であると理解した。

また、イギリスの労働党指導者ウィルソンとの会話に感銘を受け、「好ましい兵器でもない」核兵器についてはアメリカの拡大抑止(核の傘)に依存し、通常兵器の整備に努めることを良策とした。

佐藤はアメリカを復興期の一時的なパートナーと見たのではなく、日米協調が日本にとっても世界にとっても望ましいと考え、であればこそ沖縄の施政権返還は不可欠の課題であった。佐藤は「政治的には独裁政治より民主政治のほうがずっと優れている」と述べている。

また、長崎はいつまで最後の核兵器被爆地となり続けるか。「アメリカが通常兵器しか使わないのでベトナム戦争が長びいているが、他方核兵器を使わないのがアメリカのいい所である」という佐藤の言葉は、今の私たちには新しく響くのではないだろうか。

当時のアメリカ駐日大使アーミン・マイヤーは、「巨大な軍事力を持たなくても大国たりうると証明する」佐藤の目標を「雄大な実験」と呼び、外国の日本研究家は長期的に見て疑問を抱いたと記した。マイヤーは沖縄返還にむけてアメリカ議員と語る中で「本当に戦争に勝ったのはどちらなのかね」と皮肉な質問も受けたという。ベトナムではアメリカの若者が多く亡くなり国家を揺るがす中で日本の「安保ただ乗り」も聞かれるようになっていた。

しかしマイヤーは、「真珠湾の苦い記憶につきまとわれていた多くのアメリカ人は、日本が軍事的な大国として復活することにも、同様な不快さをもって対したことであろう」と述べている。佐藤も時に1930年代を思い出したという。佐藤はまた、「敗戦の教訓は、日本民族の新生の道標として未来永劫にかけて、生かさなければなるまい」と語っている。

ヒストリーから展望する近未来の日本と世界

「戦後の大転換」という言葉が軽々しく使われるが、現在の日本につながる選択は占領下ではなく、高度経済成長後のものではないかと論じてきた。「戦後」のストーリーも研究の進展に応じて姿を変えていく。これまでの常識的理解が必ずしも「戦後」のリアルでない場合もあるだろう。

付言しておきたいのは「戦時」のリアルの重要性である。真珠湾攻撃が宣戦布告なき攻撃であったことは誰しも知っていよう。また歴史に関心がある人なら南京大虐殺や従軍慰安婦問題、沖縄での集団自決をめぐる議論についても何かしらの意見や理解を持っているかもしれない。それは争点化した問題だからである。しかし、争点化した問題がすべてではない。シンガポールやマレーシアでの「血債」問題、マニラ市街戦はどうだろう。記憶は薄らぎ、時に歴史が政治手段として使われても、事実はそこに静かにたたずんでいる。

次ページ点ではなく線の選択を考えるうえで政治体制は重要である
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