認知症を前向きに捉え、老人を解放しよう いわゆる「問題行動」は、理解不能ではない

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認知症の症状は本当に人それぞれだが、重度の患者となると激しい行動が多々見られる。

「あんつぁー! はえく、ほらぁー! あんつぁー、なに、なに、なぁにすんだやぁー! はえく、はえく、なぁにすんだやぁー! こんちくしょー! ああ、おっかちゃー! はえくきてけろぉー! ああ、おっかちゃー! おっかちゃー!」

 

入浴介助を拒む節子さん(仮名)の叫びである。重いアルツハイマー型認知症の節子さんは自力で入浴を済ませられないのだが、補助するスタッフに対していつも大暴れをおこす。70代後半とは思えないほど力強い抵抗なので、2人がかり、時には3人がかりの大騒動になるのだという。

ノンフィクションならではの生々しさ

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ほかにも、よだれまみれになるまでタオルをしゃぶったり、急に失禁してその便を触ったり、施設の中の同じルートを延々と歩いたりと、俗に「問題行動」と呼ばれる振る舞いが重度の認知症患者ともなると頻繁に発生する。平時であっても、会話中には脈絡なく話が飛び、話した内容もよく頭から消える。

著者はそんな場面の数々を包み隠さず描写し、会話にいたっては方言までふりがな付きで忠実に書きおこす。今まで認知症関係の本を読んだことはなかったが、ノンフィクション特有の生々しさがにじむ本書からは、医学書にはここまで書かれないであろう現場の臨場感が伝わってきた。

数々の奇怪な振る舞いには理由などなく、あっても理解できないかのように一見思える。この「理解不能」という印象が認知症のネガティブなイメージを形成し、完治はないにもかかわらず治そうとして薬漬けにされたり、逆に諦めた医師や家族などに放置されたりする結果を生んでしまうのだろう。

著者はそこに待ったをかける。「ジイちゃん、バアちゃん」たちのもとへ足繁く通って何度も話を聞き、大量の文献にもあたっていくことで、突飛な行動の裏に隠された心理構造がおぼろげながら見え始めるのだ。

あるジイちゃんの「扉に背を向けて繰り返し両肘を打ちつける」という一見謎な行動は、昔の仕事だったトラック運転の空想からきていた。周囲の人にありもしない盗みの疑いをふっかける「もの盗られ妄想」をおこすのは長らく一家の財布のひもを握ってきたバアちゃんに多かった。

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