家族がいた2人、出会って32年で「同性婚」するまで 家族やお金、将来の問題をどう解決してきたか

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同僚として出会って間もなく、2人はお互い「自分にはこの人しかいない」と確信するに至った。「神の前で誓った夫との結婚の契約を自分が破ることになるなんて、信じられなかった」とカトリック教徒として育ったウィルコックスさんは言う。

罪の意識に悩み、ある日、地元のカトリック教会に行き、神父の前で懺悔をした。批難されると思いきや、神父は「愛は愛。大丈夫だ」と言い、ウィルコックスさんをハグした。想像もしていなかった言葉に思わず涙が出た。神父も泣いていた。

子供たち計4人と、孫たちが2人の結婚セレモニーに出席(写真:エレン・ビー)

「神に背く罪」と言う住民もいた

その後ウィルコックスさんとネイシさんは同時期にそれぞれ離婚し、共にシングルマザーとなった。離婚調停の場で、親権は母親である彼女たちが取得し、元夫には子供に隔週で会う権利が保障された。「元夫よりも私の収入のほうが多かったので、調停員に頼んで、元夫が私に支払う養育費を減額してもらった。彼は、突然の離婚のショックで完全に憔悴しきっていたし」。

ミシガン州で同性婚が合法になったのは2015年のことだ。つまり1990年代の当時はまだ違法だった。教師である彼女たち2人が交際することが街の噂となり「神に背く罪」と言う住民もいた。それを受けて、「子供たち全員が18歳以上になって成人するまでは、2人で一緒に住むことはやめようと決めた」とウィルコックスさん。

ウィルコックスさんはその後も中学校の教員を続け、自力でローンを組み、部屋数の多い自宅を購入し、地下室を別の家族に貸して家賃収入を得つつ2人の子育てをした。一方、ネイシさんは何度か転職をし、建築関係の人材会社を興したり、アーティストとして作品を売ったり、知的障害者の支援団体に勤務したりしながら家を購入して子供を育てた。

4人の子供たちが全員18歳以上になった2004年に、ウィルコックスさんの自宅で、2人は初めて一緒に住みはじめた。その後2人が53歳になった時、ウィルコックスさんの父親が99歳で亡くなる。ウィルコックスさんには16人の兄弟姉妹がおり、お下がりのコートと靴一足だけを各自が持つ節約生活で育った。慎重に家計を切り盛りする習慣が、子供時代から骨身に染みついていた。

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