飲酒運転の被害者遺族「人型パネル」に救われた訳 母娘の軌跡から家族とグリーフケアを考える

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それから数カ月後、NPO代表・鈴木共子さんの元で、佐藤さんは息子のメッセンジャーを誕生させた。白いボードを切り抜きながら、これからどういう心持ちになるのか不安は大きかったものの、「隆陸が生まれ変わってくれる」と期待するようになったという。

ミュージアムの常設ギャラリーに展示されていた隆陸さんのメッセンジャー。その足元には、生きた証しとしての靴、秒針だけの時計、そして数葉のはがき。佐藤さんが息子宛に送った最近6~7年分の年賀状を置いた。それぞれの年賀状には、時々の近況とともに息子との“再会”を望む思いがしたためられている。

「日野でお仕事してる隆に会いたくてたまらないよ。でも我慢。おかんも頑張るよ」

「コロナが終息したら会いに行くよ。待っててね」

「携帯も財布もセーターもコートも預かったままだよ」

佐藤さんのように、メッセンジャーがいるミュージアムを亡くした子どもの再就職先とみなす参加遺族は多い。他のメッセンジャー仲間たちと全国に“出張”し、無念さ、命の大切さを伝える重要な“仕事”をしていると考えている。

佐藤さんは言う。

「署名活動は戦いの場だけど、ミュージアムは静かな居場所なんです。隆陸にとっても、私にとっても居場所が見つかったと思っています。あそこに行けば、息子に会える。『大分から応援してるよ』って。ミュージアムは、(息子は)いないけどいるよって教えてくれてるんです」

息子の居場所があるということが佐藤さんの大きな原動力になった。2013年には、10年間の署名活動が実り、自動車運転死傷行為処罰法が国会で可決・成立した。佐藤さんはその後も活動を続け、被害者遺族のネットワーク「ピアサポート大分絆の会」を設立。遺族の声を発信し続け、2018年の「大分県犯罪被害者等支援条例」の制定に大きな役割を果たした。

「生きた証しを伝承する活動」が持つ効果

関西学院大学「悲嘆と死別の研究センター」研究員、赤田ちづるさん(47)は、交通事故を含む犯罪被害者の遺族を対象にした研究を手掛けている。その中で、メッセージ展のような「死者の生きた証しを伝承する活動」には、遺族が生きる目的を探すプロセスおいて一定の効果があることがわかったという。活動に参加した遺族への調査では、「亡き人と一緒に生きていると感じるようになった」との回答が多かったという。

大学でのメッセージ展の準備で、いのちのミュージアムを訪れた赤田ちづるさん(写真:穐吉洋子)
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