
顔写真があることで
記憶の定着が促進される
柳橋 われわれが顔写真による人事管理サービスの発想を生み出したきっかけは、あるクライアント企業からの依頼にありました。
当時、そのクライアント企業は急成長期にあり、社員数も日増しに増えている状況にありました。しかし、社長以下管理職からすると、知らない社員が多くなり、声をかけづらくなった。自然な会話ができないため、社内に妙な緊張感が生まれ、仕事が円滑に進まなくなってしまったのです。そこで私が考えたのが、普段から社内で顔と名前を一致させておけば、自然な会話ができるようになるのではないかということでした。この発想は脳科学的に見ていかがでしょうか。
中野 顔写真があると名前を覚えやすいということは、「長期記憶」と呼ばれる記憶のうち、「陳述記憶」というものに当たります。記憶には「陳述記憶」と「非陳述記憶」があり、「非陳述記憶」は言語化できない記憶のことを指し、一方、「陳述記憶」とは言語化できる記憶のことで、名前や年号などを覚えることを指します。この「陳述記憶」には「意味記憶」と「エピソード記憶」の二種類があり、名前を覚えることは、「意味記憶」に当たります。しかし、この「意味記憶」には“忘れやすい”という特性があるのです。
ただし、これを「エピソード記憶」にすると、覚えている時間が長くなります。「エピソード記憶」は文字どおり、「あのとき何があったのか」「このときこう思った」というエピソードで覚えている記憶です。つまり、顔写真があることで、その人との記憶として、「この人との間に何があったのか」「この人とこんな会話をした」ことが紐付けされ、忘れにくくなるのです。顔写真があるということは、「意味記憶」を「エピソード記憶」に近づけることであり、記憶の定着を促進するという効果があるように思います。
(なかの・のぶこ)
1998年東京大学工学部応用化学科卒業。同大学院工学系研究科を経て、2004年東京大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程修了、2008年東京大学大学院医学系研究科脳神経専攻博士課程修了。「高次聴覚認知における知覚的範疇化の神経機構 : fMRI・TMSによる複合的検討」で医学博士。2008年から2010年まで、フランス国立研究所ニューロスピン博士研究員。2015年4月から東日本国際大学教授。脳や心理学に関する独自の研究を進行中。
柳橋 例えば、街で偶然会った人が、顔はわかるけれど、名前がなかなか出てこない場合がありますね。逆に言えば、名前が出てくるけれど、顔が思い浮かばないということはほぼありません。ということは、人間というのは、顔をキーとして認識しているのでしょうか。
中野 そうです。さらに言えば、「エピソード記憶」の場合、「感情を伴うこと」がポイントになってきます。記憶をつくる「海馬」のすぐ近くに「扁桃体」という情動を生む神経細胞があります。「この人と会って不快だった」「この人と会ってうれしかった」という扁桃体によってつくられた感情と一緒に「エピソード記憶」は記憶されます。感情をともなうことで記憶を呼び起こしやすくなるという効果があるのです。
その際、キーとなるのが顔、それも表情です。人間は普通のフラットな顔より、笑ったりしたときの表情で顔を覚えています。頬が上がって、目じりがちょっと下がっているような笑顔に人間は安心感と信頼を覚え、その反対に、眉が吊り上ったような顔には距離感を感じると言われています。
顔が見えることで「近接性の効果」が生じ
業績アップにもつながる
柳橋 私たちのサービスを利用するユーザー企業からは、営業部全員やプロジェクトメンバー全員の顔写真が“一覧”で出ているから、人材配置などがイメージしやすくなったという声もあります。
企業では、組織が大きくなると、誰がどこにいて、何が得意なのかがわかりにくくなります。そのため、企業では「人材の可視化」ということが今叫ばれています。実はその可視化の一端として、顔写真を一覧で並べることによって、少なくとも感覚として組織の特徴が見えてくるのではないかということを期待しています。
中野 組織が大きくなるとある弱点が発生します。小さな集団であれば、一人ひとりを知ることで充分人材の可視化ができます。ところが、集団が階層構造になっていく、つまり、いくつかの営業チームが集まって営業本部となるような「集団の集団」という状態になっていくと、一人ひとりのことを知ることが難しくなります。
そのことが、「集団同士の協力行動」に実は大きなマイナスの影響を及ぼします。人間は大きな集団というものを認知しにくい性質を持っているので、ついつい自分のいる部署のことだけを考えてしまうのです。
ビジネスでは、組織の力を発揮するために多くの人が協力することが必要です。企業のトップが精神論的なメッセージやスローガンをよく掲げるのは、実は集団の中の一人であることを認識させ、社内のグループ同士が争わないようにするための“無意識”の工夫でもあるのです。
科学的には、ここで勝たなければいけないというときに、組織内で内輪揉めをしてしまうことを、「メソn人協力」ができていない状態と言います。組織を活性化するためには、この「メソn人協力」を意識的にする必要があるのです。顔が見えることは、「メソn人協力」をしやすくする効果があるように思います。
柳橋 例えば、トップが普段から私たちのツールを使って社員の顔写真を見ていれば、社員に共感をもつようになり、より働きやすい環境になるのではないかと思うのですが、どうでしょうか。
中野 専門的には、それを「近接性の効果」といいます。顔を見ていることによって、好感度が上がる現象です。それは愛着を形成するホルモンである「オキシトシン」が媒介する現象であり、仲間意識が生まれやすくなるのですね。それによって組織の一体感が増せば、業績の向上も期待できます。
カオナビで「顔を覚えてもらう」と
社会的報酬がもたらされる
(やなぎはし・ひろき)
東京理科大学大学院基礎工学研究科電子応用工学専攻修了。2000年アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア株式会社)入社。02年株式会社アイスタイル入社、事業企画担当。06年人事部門責任者。08年株式会社カオナビ設立。代表取締役に就任し、現在に至る。
柳橋 「カオナビ」には、スマホに対応しているという特徴があります。小売業では、お店のスタッフ一人ひとりの働きが、売上げを左右します。トップのマネジメント側からすれば、足繁くお店に通って、少ない時間でもスタッフと交流をもつことが重要になってきます。その点、「カオナビ」はスマホでも見ることができるので、お店にいく途中で社員の顔やデータを簡単に確認できます。そのため店に入ったとき、一人ひとりのスタッフに声をかけることができるのです。
スタッフにすれば、トップや部門長から直接声をかけてもらい、自分の働きが認められるような話題をしてもらえれば、「この人は私を理解してくれている」と思い、「この人のためにがんばろう」と思うようになるのではないでしょうか。
中野 例えば、給料が上がれば、誰でもうれしく思います。これを「金銭的報酬」と言います。しかし人間は金銭だけが報酬なのではありません。他人から褒められたり良い評判を得たりすることも報酬と感じるのです。これを「社会的報酬」と言います。
実は金銭的報酬を得たときと社会的報酬を得たときでは、線条体という脳の同じ部位が反応するのです。さらに知的な課題には、社会的報酬の方が効果を発揮するとも言われています。「この人のためにがんばろう」と思うのは、声をかけられることで社会的報酬が得られるからだと考えられます。
柳橋 中野先生にいろいろと解説していただいたおかげで、「顔が見える」ことにどのような効果があるのかがよくわかりました。これまで漠然としか説明できなかった「カオナビ」のメリットが、理論的に解明された気がして大変スッキリしています。本日はどうもありがとうございました。

