「右と左」ではなく「上と下」の対立が問題な理由 「新しい階級闘争」を回避し民主主義を守る思想

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そして、このポスト・ナショナリズムが経済政策に適用されると、自由貿易や移民の受け入れの推進となる。自由貿易によって中国の安価な製品の輸入がアメリカの産業を破壊したが、これに異を唱える声は排除された。また、不法移民の大量流入によって、アメリカは、多様な人種や民族を統合した国民国家ではなく、人種や民族によって分断された単なる集合体となってしまった。

リアリズムと経済ナショナリズムへの回帰

だが、このポスト・ナショナリズムは、アフガニスタンやイラクへの軍事介入の失敗、世界金融危機、そして中国の軍事的・経済的台頭によって、破綻を来したことが明らかとなった。もはや、アメリカには、グローバル覇権戦略を支えるのに十分な軍事力も経済力もないのである。

そこでリンドは、「啓発されたリベラル・ナショナリズム」、すなわちリアリズムと経済ナショナリズムへの回帰を呼びかける。

まず、リンドは、リアリズムが唱える「オフショア・バランシング」という戦略を支持する。「オフショア・バランシング」とは、ヨーロッパやアジアの地政学的安定のために、アメリカが「世界の警察官」的な役割を果たすのではなく、ヨーロッパやアジアの同盟諸国の軍事力を強化して、勢力均衡に当たらせるという戦略である。

そして、経済的には、経済ナショナリズムの典型的な主張である国内の製造業と技術革新の強化を唱える。製造業が重要である理由は、それが軍事力を支える基盤でもあるからだ。また、高技能の移民を受け入れ、アメリカの人口を増やすことは、安全保障上も重要である。ただし、賃金の引き下げやナショナル・アイデンティティの崩壊につながらないようなコントロールを要するであろう。

この四半世紀のグローバル覇権戦略とポスト・ナショナリズムは、完全に失敗に終わった。アメリカは、元の正常な戦略、すなわち「啓発されたリベラル・ナショナリズム」へと回帰すべきだ。

2015年の論考で、リンドは、このように主張した。彼の基本的な思想は、この論考のなかに凝縮されている。

だが、この論考が発表された翌年の2016年あたりから、イギリスにおけるブレグジット(ヨーロッパ連合からの離脱)を決める国民投票やアメリカの大統領選におけるドナルド・トランプの勝利など、いわゆるポピュリズムと呼ばれる政治現象が各国において大きな問題となった。こうした状況を受けて、2020年、リンドは、本書『新しい階級闘争』を世に問うたのである。

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