「右と左」ではなく「上と下」の対立が問題な理由 「新しい階級闘争」を回避し民主主義を守る思想

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その一つは、国際関係理論において「リアリズム」と呼ばれる思想である。リアリズムとは、大雑把に言えば、国家は自国の安全保障を第一義に考えて行動するものであり、また行動すべきであるという思想である。リアリズムは、国家間の勢力均衡を重視し、勢力均衡を維持することを外交戦略の目的とする。また、リアリズムは、国家の軍事行動は、自国の安全保障を確実なものにするうえで必要最小限でなければならないと考える。建国から冷戦期までのアメリカの基本的な戦略思想は、このリアリズムであった。それゆえ、アメリカは、北アメリカの地域覇権としての地位を確保しつつ、ヨーロッパやアジアにおける地域覇権の成立を妨害するような外交戦略をとってきた。

もう一つは、「経済ナショナリズム」と呼ばれる思想である。アメリカは自由貿易の旗手のように言われているが、建国から第2次世界大戦までは、極めて保護主義的であり、また国家が積極的に産業の育成やインフラの整備を行っていた。そして、この保護主義と国家資本主義によって世界最強の生産力を獲得した1940年代になって、アメリカは自由貿易の旗手へと転じたのであった。

このリアリズムと経済ナショナリズムから構成される思想を、リンドは「啓発されたリベラル・ナショナリズム(enlightened liberal nationalism)」と呼んでいる。この「啓発されたリベラル・ナショナリズム」こそが、リンドの思想である。そして、それが私の思想でもあることは、たとえば『富国と強兵─地政経済学序説』(東洋経済新報社)で示したとおりである。

グローバル覇権戦略の失敗とポスト・ナショナリズム

だが、このアメリカの伝統的な思考様式であり、そしてリンドの思想でもある「啓発されたリベラル・ナショナリズム」が、冷戦終結後、放棄された。そのことを批判するのが、この「アメリカのナショナリズムの擁護」という論考の主な目的である。

まず、冷戦終結後、リアリズムが放棄された。代わって、グローバル覇権を目指すのが、アメリカのポスト冷戦の大戦略となった。すなわち、他国の国家主権を軽視し、内政への軍事介入を行ったのである。この大戦略を支える思想は、ナショナリズムを時代遅れとみなすグローバリズム、あるいは「ポスト・ナショナリズム」である。

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