「教えない授業」を提唱する二刀流の教師

「教えない授業」を提唱し、各方面から注目を集めている山本崇雄先生。1994年から公立中学校で英語教師としてキャリアをスタートして以降、東京都立両国高等学校附属中学校、東京都立武蔵高等学校附属中学校などを経て、2019年に退職。現在は横浜創英中学・高等学校、新渡戸文化中学校・高等学校などで教壇に立つほか、企業・団体にも教育メソッドやトレーニングを提供している。

複数の私立校や企業・団体と雇用契約を結び、執筆や講演活動なども行う「二刀流(複業)の教師」という、これまでにないユニークな働き方をしている教育プロフェッショナルの一人だ。そんな山本先生は教育現場だけでなく、学校全体の教育をデザインする仕事にも携わっている。

「新渡戸文化中・高で、19年からカリキュラムの教育改革などを担当し、横浜創英中・高では、今年度から校長補佐として新たなコースを立ち上げる仕事をしています。私は仕事において“横展開できる”教育実践改革を念頭に置いており、週1回、月1回とさまざまな場所で仕事をするときも、つねにエッセンスをアップデートし、決して属人的ではない確かなセオリーやシステムを全体として共有していくことを心がけているのです」

教育者が学校以外に企業・団体でも仕事をするのも、理由があるのだという。

「例えば、リアルな社会で自由な働き方をしたければ、それだけ行動に責任が伴ってきます。こうした社会の状況を、自分自身が体験したうえで子どもたちに伝えると、子どもたちは自分の感情や行動などをコントロールすることが非常に大切だということや、今、教わっていることが社会に出ても役立つことを知ることになります。これまでの学び方は、学校は学校、社会は社会で分断されていたように思いますが、そこをシームレスにしていく必要があるのです。社会のリアルな変化を学校の教育に取り入れていく。教育も1つの尺度ではなく、人との違いを価値として認め、子どもたちのオリジナリティーを育てることがこれからの社会をつくることにつながっていくのです」

そう語る山本先生が提唱しているのが、「教えない授業」というメソッドだ。文字どおり、教えないことを通して、子どもたちに主体的な学びを促していくというものだが、その重要なエッセンスとはいったい何だろうか。

それが「メタ認知」と「目標設定」だ。メタ認知とは「自分が考える、感じるといった認知活動を客観的に捉える」ことだが、子どもたち自身が、自分が今どんな状況にあるのかを自ら客観的に把握し、なりたい自分になるという目標を自身で設定することが重要になるという。

「例えば、英検2級に受かりたいという目標があったとします。そのために、今の自分には何が足りないのかをメタ認知する。メタ認知の結果、もしリスニングの力が弱いとわかったなら、それを強化できるよう、勉強方法をアレンジし、デザインしていく。そうした目標達成を実現するために、解決手段をサポートしていくのが教師の仕事だと捉えています」

学びのミライ地図。なりたい自分を、整理してまとめることで、今すべきことがわかる
(写真:山本氏提供)

そのとき気をつけなければならないのは、目標設定の仕方だ。

「英検を事例に挙げましたが、目標はリアルな社会につながったものにしたほうがいいでしょう。例えば、“世界中の子どもたちと文化交流したい”という目標を設定したとします。次に、今の自分は英語でなかなか意見が言えないというメタ認知ができれば、では自分ができる学び方は何だろう、ということを具体的に考えることができます。そして最終的に、AI教材を使おう、先生と放課後に練習しよう、といったさまざまな方法を子どもが自ら考えることができます。そして英語の授業でスピーキングを学ぶことの意味を見いだすことができるのです。今はネット上でも自学自習できるいろいろな手段があります。それを自分でアレンジして、学習をデザインしていく。私は決して教えることを否定しているのではなく、生徒をコーチングしていく流れで、時に『教える』という手段を使うのが理想だと考えているのです」

こうした「教えない授業」について、山本先生は多くの著書を持つ。しかし、今なぜこれほど注目を集めるようになったのだろうか。

「6年前に本を出したときには、タイトルを見ただけで批判されることがありました。講演をしても、それは特別な学校の特別な先生によるものだという受け止め方も多かったんです。しかし、それが変化した。いちばん大きいのはコロナ禍だと思っています。コロナ禍で物理的に『教える授業』ができなくなってしまった。オンライン授業では子どもたちはヘトヘトになり、集中力が持ちません。子どもたちの集中力はせいぜい10分が限界です。結局、先生たちが生徒をコントロールして教えるという教育の限界を感じたことが大きいのではないでしょうか。子どもに教えすぎずに、子どもが自分の力で学べるようシフトし、すべての教育活動の主語を生徒に置いて、自律的学習者を育てる授業を実践するようになりました」

必ず教えることは「学び方」

この「教えない授業」は、文字どおり教えないことが特徴だが、その反対に必ず教えていることもあるという。山本先生は、それは「学び方」だと明かす。

「今、学んでいることは何か。つまずきがあればそれはどこか。まずそれがわからなければ、自分で検索もできません。例えば今、英文法でつまずいているのが『現在完了』であると分からなければ解説動画など検索できません。文法用語は検索のキーワードとして教えることが重要です。英単語を覚えるなら、どんな勉強法があるのか。リスニング力を向上させるにはどういった方法があるのか。そうした学び方を教えることが欠かせないのです」

では、「教えない授業」によって子どもたちはどう変化していったのだろうか。

「確かに最初は、“教えない”ということに不安を感じるのか、“教えてほしい”と言う生徒もいました。そんなときには、授業の冒頭で『これから10分ほどで今日のポイントを教えるから、それを基に自分たちで学び合ったり、教え合ったりしてみよう』と伝えます。その経験を積み重ねていくうちに、10分の説明が5分、3分となり、最終的に子どもたちが自分たちで主体的に勉強するようになったのです」

新渡戸文化中学校・高等学校での授業(左上)(左下)横浜創英中学・高等学校での授業(右)
(写真:山本氏提供)

皆さんにもこんな経験はないだろうか。インプットばかりしていても、いざというときアウトプットができない。逆に、日頃からアウトプットしていると、その過程で問題点を把握でき、インプットするだけよりも深く吸収できるようになる。自分でアウトプットすればするほど、インプットも的確にできるようになるのだ。山本先生はそれこそが重要だと言う。

「ノートの取り方についても、ただ板書するだけではダメで、再現性を持たせるような取り方を教えています。内容を絵や図で表現したり、先生の話をメモするのもいい。そうやって自分なりに作ったノートを基に、生徒同士で今日の授業を再現し合ってみる。帰宅してから、ぬいぐるみに向かって話してもいいのです。多くの生徒はノートの取り方といった勉強の仕方がわかっていません。ですから、アウトプットを意識してノートを取ることを勧めているのです」

多様化する社会と、変わる「教師の役割」

今、教育のICT化は待ったなしの状況にある。授業内容も「教えない授業」という方向に進んでいるように思われるが、一方で、教師の役割はどう変わっていくのだろうか。

「子どもたちが、自ら目標設定をし、メタ認知と自学自習ができるようにしてあげることが、これからの教師の大きな役割になっていくと思っています。わかりやすく教える技術も、もちろん大切なのですが、生徒が目標を達成するための手段をたくさん持っている、あるいは、その経験値が先生にあることが大事になってくるのです。さらに、対話する力も欠かせないでしょう。“金八先生のドラマ”も対話しているようで、本当はトップダウンで自分の価値観を押し付けているにすぎないように見えます。これからはスポーツ選手の優れたコーチのように、教師も適切なコーチングをしていくことが重要となってくるのです」

子どもたちが将来、社会で幸福に生きていくためには、自立しなければならない。それには感情をコントロールしたり、必要な情報を手に入れたりしながら生きていく非認知能力が欠かせない。にもかかわらず、今も偏差値という認知能力のみに偏った教育が行われている。しかし、これからの時代は偏差値という1つのスキルだけでは生き残れなくなっていくと山本先生は指摘する。

「多様化する社会の中では、どんなに対立関係にあろうと、目標達成に向け、対話というプロセスを通して合意していくことが重要になります。コミュニケーション能力はまさに社会で必要な能力の1つなのです。その意味でも、学校で対話ベースの教育をしていかなければならない。もっと言えば、学校で多用されている多数決は得てして弱者を排除することにもつながります。だからこそ、学校で対話を学ぶことは、誰も取り残さない民主主義を再構築することにつながっていくのです」

そう語る山本先生は、学校で今、失われているのは、何のために学んでいるのかという目的だという。テストをはじめとして手段が目的化しているために、何のために学び、教えているのか、生徒も教師も答えることができない。だからこそ「教えない授業」を通して、子どもたちが主体的な学びができるように「学び方改革」が必要なのだと山本先生は強調する。

「働き方改革と同様に、学び方改革が今、大事になっているのです。例えば、家で1日3時間勉強しましょうと言うのは、1日3時間残業しましょうね、と言うのと同じことです。これからはいかに学校で効果的に勉強し、自宅で勉強する時間を減らすか。そうやって自律的で主体的な学びにシフトにしていくことが豊かな人生を築いていくうえで欠かせなくなっているのです」

「教えない授業」をキーワードに、実践的な教育改革を進める山本先生。そんな先生が、現在必要な情報を必要な子どもたちに届けるためにボランティアで取り組んでいるのが、「ミライのテラコヤ オンライン」だ。

「オンラインで誰でも、どこからでも無料で参加できるもので、ノートの取り方を教えたり、勉強の仕方や、わからないときの解決の仕方を教えたりしています。意外にも学校では、学び方を教えてくれることはほとんどありません。無料のAI教材を提供しているプラットフォームがあることを教えるだけでも意味のあることだと思っています。塾に行けないとか、僻地に住んでいたり、不登校だったりする子どもたちにぜひ利用していただきたいですね」

山本崇雄(やまもと・たかお)
横浜創英中学・高等学校で校長補佐を務めるほか、複数の学校、企業と雇用契約を結んでいる二刀流(複業)教師。都立中高一貫教育校を経て、2019年より新渡戸文化中学校・高等学校、横浜創英中学・高等学校、浜松開誠館中学校・高等学校のほか、日本パブリックリレーションズ学会理事長、GRASグループ、News Picksなど複数の団体・企業でも活動。Apple Distinguished Educator、LEGO® SERIOUS PLAY® メソッドと教材活用トレーニング終了認定ファシリテーター。「教えない授業」と呼ばれる自律型学習者を育てる授業を実践。「ミライのテラコヤ オンライン」もスタート。教育改革や子どもの自律などをテーマにした講演会、出前授業、執筆活動を精力的に行っている。検定教科書『NEW CROWN』『MY WAY』(ともに三省堂)の編集委員を務めるほか、著書に新刊『「学びのミライ地図」の描き方』(学陽書房)、『なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか』(日経BP)、『「教えない授業」の始め方』(アルク)、『学校に頼らなければ学力は伸びる』(産業能率大学出版部)ほか、監修書に『21マスで基礎が身につく英語ドリル タテ×ヨコ』シリーズ(アルク)がある
(写真:山本氏提供)

(文:國貞文隆、注記のない写真:zon / PIXTA)