安倍元首相の国葬賛否に欠ける「英霊崇拝」の憂慮 国家が悲劇の個人の死を弔うことの意味は何か

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澤田:積極財政や防衛力強化などという安倍氏の推進してきた政策の継続を求める自民党保守派の議員が、口々に「安倍氏の遺志」を継がなければいけないと主張しています。時に保守派の主張を抑える役割を果たしてきた安倍氏がいなくなり、「遺志」という言葉が独り歩きするのではないかと懸念されてもいます。「故人の遺志」という言葉は、なぜ強い力を持つのでしょうか。

:本人に真意を確かめることのできない「故人の遺志」は、生前の主張より強靭な生命力を持つ。死んだ人に真意を確認することなどできないと皆がわかっているから、「故人の遺志」はいかようにも解釈される。

2018年にリトアニアを訪問した時の安倍氏の言葉にも、それは表れていた。安倍氏は、第2次大戦中に日本の査証(ビザ)を発給して多くのユダヤ人難民を救った杉原千畝の記念館を訪れた際、唐突に「法の支配と国際秩序」を強調した。本国政府の訓令を無視して査証を発給した杉原の「遺志」を、自分の流儀で解釈したわけだ。

「安倍氏の遺志」もまた、無限に開かれたテクストだ。何が「遺志」なのかは、安倍氏が本当に考えていたことは何かで決まるのではなく、今後のパワーゲームの中で定まっていくのだろう。

澤田:19世紀フランスの歴史家、ジュール・ミシュレが「歴史」について名言を残しているそうですね。

:歴史家とは、死者たちに彼らの死の意味を説明してあげる解説者だと語った。私も歴史家の一人ではあるが、歴史家というのは卑怯なものだと思う。生きている歴史家の解釈に死者は反論できないのだから。

脱走兵よりも無名戦士を記念する碑が多い理由

澤田:前々回のインタビュー記事「『自分たちは犠牲者』の声が忘れている危険な思想」で、犠牲者意識ナショナリズムについて「先祖が犠牲となった歴史的記憶を世襲して自分たちを悲劇の犠牲者だとみなし、現在のナショナリズムを道徳的、政治的に正当化するものだ」と説明していますね。そして著書では、近代国民国家が戦死者の死を民族主義のために利用した「政治宗教」について分析しています。戦死者崇拝は、なぜ必要だったのでしょうか。

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