安倍元首相が未達成に終わった宿願の改憲挑戦 重心が低く間口も広い大衆政治家の一面も

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その後、2020年9月の首相退陣の後、取材などで計3回、じっくりと話を聞く機会があった。「外から見ていて、2度目の政権の前半3〜4年は、政策の是非はともかく、アベノミクスや平和安全法制など、意欲的に挑戦したという印象ですが、後半は掛け声倒れで実績が乏しい感じ」と、率直に感想を述べたところ、安倍氏は宿願の改憲挑戦が未到に終わった点を突かれたと思ったのか、「公明党がねえ」と一言、つぶやいた。

2016年の参議院選挙の結果、戦後初めて改憲容認勢力の総議席数が衆参両院で「総議員の3分の2以上」という改憲発議要件を満たした。なのに、「消極的改憲容認勢力」の公明党が壁となって不発に、と言いたかったのだろう。

最後の取材となった2021年9月30日、安倍氏はこんな話をした。

「それでも祖父が今の日本を見たら、よくぞここまで来たと思うでしょう。私の内閣で平和安全法制を作った。自衛隊が米艦防護の共同訓練まで行い、インド太平洋で大きな役割を担って、米国からも頼りにされる状況になった」

筋金入りの改憲論者だった安倍氏が「自主憲法制定」「保守・最右派・タカ派」を自認していたのは間違いない。だが、一方で「両岸」と揶揄された祖父と同じく、戦略的な思考と発想に長け、権力闘争を生き抜く政略家としての手腕も備えたリアリストの顔を併せ持つ政治リーダーだった。

インド太平洋という地政学的概念を初めて出した

「自由で開かれたインド太平洋」戦略の提唱者兼実行者という点が国際的にも高い評価を得た。

2021年9月の取材で、「それも岸さんから受け継いだ考え方ですか」と質問したら、「それは違う。2007年にインドの国会でインド太平洋という地政学的概念を私が初めて出した」と身を乗り出して説明した。

現実主義政治家の安倍氏に対する評価は大きく分かれる。「保守・右派・タカ派」を貫いた理念型という評の一方、勇ましい発言の割に、実際の政治判断や行動、実績という点では、「口ほどでもない」という冷めた見方も少なくなかった。危なっかしいが、口ほどでもないから安心して見ていられる、という別の評価も聞こえてきた。

首相時代、高支持を維持して最長在任記録を残した秘密は、腰高の割に重心が低く、間口も広い、気さくな大衆政治家という一面を備えていた点では、と思う。歴史的惨劇という不慮の最期は、その開放的な生き方が影響していたのだろうか。

この記事は『週刊東洋経済』の連載「フォーカス政治」の執筆陣によるシリーズ5本目です。以下の記事も配信しています。
苦闘するアベノミクス「3つの変身」で見えた課題
(軽部 謙介 : 帝京大学教授・ジャーナリスト)
独自取材メモで振り返る安倍氏の肉声と“DNA"
(歳川 隆雄 : 『インサイドライン』編集長 )
「ポスト安倍」の国内政治に求められるものは何か
(牧原 出:東京大学教授)
日本政治にとって「大転換点」となった参議院選挙
(山口 二郎 : 法政大学教授 )
塩田 潮 ノンフィクション作家、ジャーナリスト

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しおた うしお / Ushio Shiota

1946年、高知県生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科を卒業。
第1作『霞が関が震えた日』で第5回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書は他に『大いなる影法師―代議士秘書の野望と挫折』『「昭和の教祖」安岡正篤』『岸信介』『金融崩壊―昭和経済恐慌からのメッセージ』『郵政最終戦争』『田中角栄失脚』『安倍晋三の力量』『危機の政権』『新版 民主党の研究』『憲法政戦』『権力の握り方』『復活!自民党の謎』『東京は燃えたか―東京オリンピックと黄金の1960年代』『内閣総理大臣の日本経済』など多数。

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