コロナ禍で行き詰まった人を再起「座間市」の凄み 困窮者支援で注目「ゆるくつながる」伴走型支援

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ただ、美容師を辞めて物件の契約更新を見送れば、自宅と仕事を同時に失う。しかも、借りたときに大家に預けた数十万円の保証金はあるものの、店舗を元どおりに原状回復しなければ保証金は戻ってこず、竹内には手持ちのお金がほとんどないため、借りている物件の原状回復ができない状況だ。

だが、チーム座間は見捨てない。

この複雑なパズルを解くためにはどうすればいいだろうか──。目の前に座る小柄な老女の話を聞きながら、大島はさまざまな考えをめぐらせた。大島は、林が自立サポート担当になった直後の2015年5月に任期付短時間勤務職員(現会計年度任用職員)として採用された、最古参の1人である。

コロナ禍による客足の減少がいつまで続くかわからないうえに、60代後半という年齢と、本人が美容師に見切りをつけようとしていることを考えれば、新しい仕事を始めたほうがいいかもしれない。その場合、店舗の契約更新が間近に迫っており、新しい仕事と住まいを早急に確保する必要があるが、本人にはお金がなく原状回復ができない。逆に言えば、原状回復さえできれば保証金が戻ってくるので、住み替えも可能になる。

後払いで原状回復?

そこで、大島は就労相談員の井上に仕事探しを依頼すると同時に、プライムの石塚に、後払いで原状回復をお願いできる工事業者を探してほしいと頼み込んだ。原状回復の費用を保証金で支払うということだ。もちろん、林は了承済だ。

「えっ、後払いですか」

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一瞬、言葉に詰まった石塚だが、彼女もチーム座間の一員である。知り合いの業者に連絡を取り、事情を話して協力してくれる業者を探し出した。そして、原状回復して大家に引き渡し、戻ってきた保証金で業者に支払いを済ませた。

「石塚さんには、ほとんど半泣きでお願いしました」

そう大島は振り返る。

仕事のほうは、生活援護課が手がける無料職業紹介事業に座間市役所の清掃業務があり、そちらを紹介した。竹内は70歳近いが、やはり仕事を持っているのといないのではアパートの借りやすさが違う。

実際の引っ越しは5月3日。竹内が相談に来てから10日ほどの早業だった。

「引っ越しは私と石塚さんもお手伝いしました。チーム座間の何が欠けても、うまくいかなかったと思います。引っ越しが終わった後は、本当にほっとしました」

篠原 匡 作家・ジャーナリスト・編集者

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しのはら ただし / Tadashi Shinohara

1999年慶應義塾大学商学部卒業後、日経BPに入社。日経ビジネス記者や日経ビジネスオンライン記者、日経ビジネスクロスメディア編集長、日経ビジネスニューヨーク支局長、日経ビジネス副編集長を経て、2020年4月にジャーナリスト兼編集者として独立
 

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