プーチンが覚醒させた世界各国のナショナリズム ウクライナで「民族浄化」が起こる危険性も

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中野:私もトッドと同意見です。とくにバイデン政権はこの点がまったく理解できていなかったと思います。私はバイデン政権が発足したとき、この政権はロシアと衝突する可能性が非常に高いと感じました。というのも、バイデンが国務次官にビクトリア・ヌーランドを任命したからです。彼女は2014年にウクライナで起こったマイダン革命に関わっており、ウクライナの親露派政権を打倒するための裏工作に従事していました。これは陰謀論でも何でもなく、過去にヌーランドがウクライナにおける裏工作に関与している音声データが流出しています。バイデンはそんな人物を国務次官に据えたわけです。

プーチンもバイデン政権の顔ぶれを見て、ウクライナ侵攻の準備を始めたのではないかと思います。そういう意味では、バイデン政権の誕生が運命を決めてしまったと言ってもいいかもしれません。

もともとアメリカは自分たちの国力が低下していることがわかっていたので、世界各地で起こる問題に何でもかんでも首を突っ込むことはやめようとしていました。トランプ前大統領はかなり明確にそうした姿勢を打ち出していましたが、バイデン政権もアフガニスタンから撤退するなど、当初はトランプ政権と似たような方針をとっていました。それで私も、さすがに民主党のおめでたい連中も一度トランプに政権をとられたことで目が覚めたのかと思ったのですが、必ずしもそうではなかった。その結果、ロシアのウクライナ侵攻を招いてしまったのです。

ウクライナでエスニッククレンジングが起こる危険性

中野:ナショナリズムという切り口から今後の戦争の展開について考えてみたいと思います。この戦争により、ロシアでもウクライナでもナショナリズムが非常に高まっています。これはそう簡単に収まるものではありません。そのため、お互いになかなか軍を引くことができず、戦争が長期化する可能性は高いと思います。

中野 剛志(なかの たけし)/評論家。1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学工学研究科大学院准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『小林秀雄の政治学』(文春新書)などがある(撮影:尾形文繁)

また、このままウクライナのナショナリズムが高まっていけば、ピュアな排外主義、よく言われる「偏狭なナショナリズム」に変質していくかもしれません。そうなれば、仮にロシア軍がウクライナから撤兵したとしても、ウクライナ各地で衝突が起きる恐れがあります。

ウクライナや東欧はナショナリズム研究でよく取り上げられる地域で、ロシア系住民をはじめ多くの民族が暮らしています。ゼレンスキーのようにユダヤ系の人たちもいます。同質性の高い国民国家で暮らしている私たち日本人からすれば、想像を絶するような世界です。

そうした地域でウクライナのナショナリズムが強まれば、ウクライナ人以外の民族が排斥される危険性があります。最悪の場合、ウクライナでエスニッククレンジングが起きる可能性も否定できません。ロシア軍が撤退すれば平和が訪れるとは限らないのです。

:中野さんのおっしゃることはとても腑に落ちます。ナショナリズムがいちばん強くなるのは外敵が出現したときです。現在のウクライナはそうした状況に直面していて、いままさにネーションビルディングが行われていると言ってもいいくらいナショナリズムが盛り上がっています。ここまでウクライナが団結したのは、歴史上初めてのことかもしれません。

このナショナリズムは、ロシアが撤退したあと、国内の異民族に向かっていく可能性があります。エスニッククレンジングのようなことが起こることはいまから想定しておくべきです。

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