「男性公務員→女性釣り師」に転身した驚きの半生 50歳にして大阪の漁港で「遊漁船」のオーナーに

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「上には上がいる。まったく歯が立たない。でも、いつかトーナメントでこの人と戦いたい!」

この日以来、友人と釣りに行っても勝敗にこだわるようになった。相手を打ち負かして、悦に入りたいのではない。そうすることで、自分の技術と実力を測っていたのだ。

高校を出た後も働きながら、釣りにのめり込んだ。20歳のときに公務員になると、釣りに給料をつぎ込んで、海外にも出かけた。ただ、いつしか「プロになって、あの人と戦いたい」という気持ちは薄れていた。その険しい道のりに気後れしてしまったからだ。

バスプロの最高峰は、日本最大のプロトーナメント組織、日本バスプロ協会(JB)が全国で開催している「JB TOP50シリーズ」の出場権を持つ50人で、彼らはトッププロと呼ばれる。田中を琵琶湖に連れていってくれた人も、後にトッププロになった。

トッププロは、非常に狭き門だ。まず、日本バスクラブ(NBC)が各地で開催するNBCのトーナメントに出場する。NBCの大会で好成績を収めたうえで、NBC会長の面接を経て、ようやく「バスプロ」になれる。

バスプロになったら、今度は日本バスプロ協会が開催するさまざまな大会に出場し、そこでも優勝や優勝に絡む結果を出し続ける。そうして初めて、「JB TOP50シリーズ」の出場権を得られる。

プロと言っても、バス釣りだけで生計を立てている人はほんの一握りで、大半は本業を持ちながら、膨大な時間とお金をつぎ込んでいる。言い換えれば、それができる人だけが、日本トップの50人に入ることができる。本気ですべてを懸ける覚悟が、そのときの田中にはなかったのだ。

「そんな財力はないし、できるわけないよなって思ってました。自分が得意なフィールドがあって、ここなら誰にも負けないって思ってたけど、そうやって自分を慰めてばかり。自分より若いトッププロが出てきたら、もうすでに出遅れてるし、プロになるのは来世でいいやって。今思えば、ぜんぶ言い訳ですよね」

「阪神・淡路大震災」が気持ちを変えた

チャレンジする前から、自分にはできないと諦めていた田中の気持ちを変えたのは、1995年1月17日に起きた阪神・淡路大震災だった。自身も被災しながら、現地で働く公務員として避難所を駆け回った田中はこう思った。

「なんでも、やっとかなきゃあかんな。人生、やり残したことがないようにしよう」

このとき26歳の田中にとって、やり残したことと言えば1つしかなかった。バスプロだ。バスプロは資格のようなもので、プロと言ってもメーカーに所属して給料を得たり、スポンサーから資金提供を受けたりしなければ、主な収入は大会の賞金のみ。賞金は褒賞として扱われるため、公務員でも受け取ることができる。

例えば、公務員ランナーとして有名になった川内優輝さん(現在はあいおいニッセイ同和損保所属)は 、2018年にボストンで優勝したときの賞金約1600万円を受け取っている。

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