中国の民主主義と人権の「認知戦」に要警戒なワケ 習近平政権による「話語権」と価値の相克

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つまり「民主=政治参加」とあえて単純に解釈することで、中国の政治メカニズムを「多様な民主主義」の一端と容認させようとする論法である。習政権はおそらく意図的に価値としての民主主義を広義に規定し、それを実施する制度を主観的に評価しようとしている。

海外の政治思想を変える逆転の発想

なぜこうした「概念のすり替え」を試みるのか。中国では1970年代に鄧小平主導で開放政策を採用して以来、海外から民主主義や自由主義などの政治イデオロギーが流入するようになった。

これを共産党政権は、中国の弱体化を目論む「西側」が中国を「西洋化、分裂化」する「和平演変(平和的手段による政権転覆)」の陰謀だと警戒してきた。そしてグローバル化により経済領域の国境が薄らぐに伴い、経済力の高まりが共産党政権のパワーの源泉となるとともに、コントロール不能なさまざまな思想が一層流入するというジレンマに陥った。そこで習政権が打ち出したのが、海外の政治思想を変えることによりこのジレンマを解消するという、逆転の発想である。

習政権は現状を「100年に一度の大変動期」であり、中国がディスコースパワーを拡大するチャンスだと捉えている。「ディスコースパワー(話語権)」とは、発言する権利とその発言を相手に受け入れさせるパワー(権力)を含む言葉で、もともと1971年にフランスの哲学者ミシェル・フーコーが刊行した『言説表現の秩序』にある「言説(=話語)によって権力を得る」論を援用したものである。現在では他国に対する影響工作や安全保障における「認知戦」の議論と広範に重複している。

政策論としてのディスコースパワーは、2010年頃までは中国の伝統文化に依拠して対外的なソフトパワーを強化することを意味した。だが習政権下の2013年に国内のイデオロギー統制の一環として「世論をリードする力」の議論が打ち出されると、中国脅威論や人権批判といった「西側」からの――中国の主観からすれば不当な――批判的言説への不満と結びつき、中国の増大する国力に見合った国際的なディスコースパワー(国際話語権)を獲得しなければならないとの認識につながっていった。

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