日本の経済安全保障「金融」巡る重要な3つの観点 インフラ金融、通貨、金融制裁をめぐる攻防

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金融制裁

アメリカにとって、金融制裁は、安全保障や外交上の脅威に対応するための重要な手段であり、特に、2001年の9.11以降に多用されたが、「乱用」との批判もある。アメリカ内でも金融制裁を見直す動きはあり、2021年10月にアメリカ財務省は、自らが所管する経済・金融制裁のレビュー結果を報告した。

同報告書は、「ドルの利用を減らす動き」や「デジタル通貨を含む新たな支払い手段の登場」などにより制裁の有効性が挑戦を受けているとの認識を示し、改善点として、「明確な政策目標と結びつける」「可能な場合に多国間で協調する」といった提案を行っている。こうした改善提案は妥当だが、報告書は、制裁多用が「ドルの利用を減らす動き」の一因との判断は避けており、この点は踏み込み不足との印象を受ける。

アメリカの金融制裁の有効性は、同盟国の日本にとっても重要だ。金融制裁は強力だが、抗生物質のように、使い過ぎると効果が低下する。また、同盟国等との事前調整なく、2次制裁(制裁の対象国・企業と取引する第三国の企業も制裁対象とすること)を含む金融制裁を乱発すれば、同盟国等からも批判が高まり金融制裁への国際的支持は低下する。日本は、アメリカの金融制裁の有効性が維持されるよう、アメリカにその「乱用」を戒めるとともに、必要な場合にはともに行動するなど、価値観を共有する同盟国として振る舞うことが求められる。

戦略的視点の重要性

インフラ金融も通貨選択も、経済的合理性に裏打ちされる必要がある点は論を待たない。しかし、両者とも、地経学の手段として経済安保の要素を無視できない分野である。金融制裁は代表的な地経学的手段だが、その乱用は、ドル使用の経済合理性を傷付ける可能性がある。いずれの分野も、「経済合理性」と「経済安保」の双方の観点から戦略的な検討が重要だ。特に、これらの分野では短期的効果のみに着目するのではなく、長期的影響を考慮しつつ能動的な検討と準備を進めていくことが大切であろう。

(大矢伸/アジア・パシフィック・イニシアティブ上席研究員)

地経学ブリーフィング

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『地経学ブリーフィング』は、国際文化会館(IHJ)とアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)が統合して設立された「地経学研究所(IOG)」に所属する研究者を中心に、IOGで進める研究の成果を踏まえ、国家の地政学的目的を実現するための経済的側面に焦点を当てつつ、グローバルな動向や地経学的リスク、その背景にある技術や産業構造などを分析し、日本の国益と戦略に資する議論や見解を配信していきます。

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