「社会守る」精神病院で人権侵害が続発する大矛盾 日本は認知症の強制入院を是とする国でいいのか

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厚労省の認知症レポートの概要。脱施設化、脱精神医療化など世界の認知症ケアの潮流に沿うものだったが……(記者撮影)

認知症の人に対する医療の問題点を、「認知症の精神症状に対する抗精神病薬の投与については、先進諸国で、その悪影響について議論が行われ、ガイドライン等が策定されているが、日本ではまだガイドライン等が策定されてない。また不適切な薬物使用により精神科病院に長期入院するケースが見られる」「精神科病院への入院が必要な状態像として、治療上強制力が必要な場合に限定してはどうかという意見もある」などと厳しく指摘している。

ここに至って、ようやく欧米など先進諸国の認知症ケアと歩を合わせるようなムードが醸成されてきたにもかかわらず、結局、新オレンジプランでは再度の方針転換を余儀なくされた背景には、ある団体からの猛烈な反発があった。日本精神科病院協会(日精協)である。

圧倒的な病床数背景に積極提言

日精協は戦後、民間の精神科病院を中心として設立された。現在では、会員病院の病床数は、日本の精神病床総数の85%以上を占めている。その圧倒的な病床数を背景に、精神保健分野の厚生行政につねづね、積極的な提言・要望を行っている。

2012年の厚労省の認知症レポートに対しても、公表された翌月にすぐさま、「到底受け入れられる内容ではない」と反論。「認知症は早期より精神科医療が関わらなければならない疾患」「(認知症グループホームは監査体制が不十分であり)認知症患者の人権に対して格別の配慮を法的に行っているのは精神科医療だけである」との強い主張が並ぶ。

反論文は「精神科医療の関与がなくして認知症施策は成り立たないのである」との、強烈な自負をもって締めくくられている。

またほかにも、認知症サポート医養成研修の場で講師が「認知症は精神疾患ではない」と発言したことに正式な抗議文を発出したり、厚労相に対して精神障害者は身体障害者や知的障害者と違ってつねに医療を受ける必要があるためとして、障害保健福祉部(社会・援護局)から、医療系の医政局または健康局への担当所管替えを要望したりしている。

一貫してうかがえるのは、認知症施策においては、あくまで精神科医による医療モデルが「主」であり、介護など生活モデルは「従」であるというスタンスだ。

認知症は精神医療で対応

日精協が認知症に関して、先進諸国の潮流とは真逆とも思える主張を続けるのは、いったいなぜなのか。上に挙げたすべての提言・要望時の責任者であり、今年7期目に再選出され現在も組織を率いている、日精協の山崎學会長に尋ねた。

「高齢化が進む中、認知症に伴うBPSD(妄想・徘徊などの周辺症状)の患者は当然増えます。そのためには一定の病床数は維持しないと駄目だと思う。認知症のBPSDというのは精神科医でなくては治療できません。衝動行為とか幻覚・妄想だから、基本的に症状は精神疾患と全部同じ。高齢者だから、若干薬の量が違うというのはありますが」

やはり認知症は精神医療が主軸となり、今後も対応していくという考えだ。ただ、山崎会長は主体的にそうしているのではなく、あくまで周囲から精神医療が頼られるため、それに応じているだけだ、という点を強調する。

「認知症で精神科病院に来る患者は、ほとんど(介護)施設からです。BPSDには施設ではどうにも対応できないので、ちょっと薬でおとなしくしてくださいというニーズです。または老老介護でどうにもならなくなって、『もうおじいちゃんの面倒を見るのは嫌だ』というようなニーズもあります」

認知症の人の周囲で困っている人を助けるために、精神科病院への入院という選択肢を提供しているという趣旨だが、これは物議を醸した「保安」発言とも通底する。

次ページNHKのETV特集で紹介された山崎会長のコメント
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