パナソニックが「松下離れ」後に背負う十字架 創業家の世襲問題をめぐる悲喜こもごもを経て

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楠見氏は今年(2021年)4月にパナソニックの新CEOに就任したとき「冷徹かつ迅速な判断」を掲げた。その直後に迅速な判断をした。アメリカ・ソフトウェア大手のブルーヨンダー・ホールディングの買収で最終合意したと発表したのだ。パナソニックは現在ブルーヨンダーの株式20%を保有しており、残り80%を71億ドル(約7800億円)で取得し、完全子会社化した。迅速な判断である。そして、その1カ月後の5月、50代以上の従業員を中心に大規模な早期退職を断行すると報道された。冷徹な判断だ。

楠見氏は徹底した合理主義者と見られているので、早期退職の報道も「さもありなん」と受け止められた。かたや、次のような一面が、社員に向けた「所信表明演説」で垣間見られる。

「経営理念に立ち返り、社会の公器として預かり物を無駄にすることなく、自主責任経営に徹しよう。松下らしさを取り戻そう。それぞれの事業分野で命知を今とこれからの視点で解釈し、理想の社会の実現に貢献しよう」

このスピーチを聞いたある社員は、「こういう話をトップの口から聞くのは何十年ぶりでしようか。いろいろな評判を耳にしましたが、この方針を聞く限り、非常に力強く感じています。(良い意味での)松下電器への回帰に協力していきたいですね。ただ、社長を支えるスタッフがどこまでついていけることやら」と心配していた。「CEO笛吹けどスタッフ踊らず」といったところか。

若手だけでなく、役員クラスまで、「経営の神様は遠くになりけり」「創業家は消え去るのみ」となった今、楠見氏は何を求心力にするのだろうか。何をさておいても、業績回復が必須課題である。専門経営者の場合、数字をたたき出さなければ一挙に存在感は薄れる。首相の支持率のようなものだ。

トップが求心力を発揮するために必要なこと

とはいえ、トップはロボットではない。人である。人である限り、人としての魅力を発揮しなくてはならない。いわゆる人望である。そのためにも、言霊という言葉があるとおり、危機感も含めて従業員の魂を揺さぶらなければトップは求心力を発揮できない。従業員も人である。その会社で働く自分の存在意義を求めている。

最近、ビジネスシーンで「パーパス」という言葉が盛んにつかわれるようになってきた。要は、「社会において、企業が何のために存在し、事業を展開するのか」という意味だ。わざわざ横文字(英語)にするまでもなく、日本に昔から存在していた商いの精神である。

近年、SDGsやESGが注目されているが、日本では、同様の概念を有する企業や経営者はめずらしくなかった。江戸時代から「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」という近江商人の経営哲学が存在していた。経済価値と社会的価値の両立などと今さら言うまでもなく、渋沢栄一氏は明治期に『論語と算盤』を上梓している。幸之助氏の経営理念も然り。「貧困の解消」を実現するために、「電化生活を普及させる」事業を展開し、「主婦を家事労働から解放する」という目的を達成した。とうの昔に、SDGsやESGの一部を実践していたのではないか。

グローバル企業だから横文字を使うという理屈も成り立つが、横文字を使うのであれば、誰もが理解でき腑に落ちる概念と表現に落とし込むことが求められる。こと日本においては、横文字好きの政治家が「日本語で言えばいいのに」と揶揄されるように、まだまだアレルギー反応が見られる。

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