「グローバリズムという病」にかかった日本

シンガポールのような国が、本当に理想なの?

 「始まったものは、必ず終わる」。昨年末、急逝した不世出の音楽家・大瀧詠一氏の言葉だ。シリコンバレーのど真ん中で事業を展開していた経営者であり、立教大学のMBAコースで特任教授もつとめる平川克美氏は、大瀧氏の言葉を引用しながら、グローバリズムといえども「始まったものは必ず終わる」という論を展開する。
 同氏はこのほど上記をテーマにした『グローバリズムという病』(東洋経済新報社)を上梓。資本主義を駆動してきた株式会社が、右肩上がりが見込めなくなった世界で、何とか生き残ろうとする最後の悪あがきを、「流行する『グローバル○○』という病の主症状であると分析する。今回は、ビジネスパーソンにとって非常に身近なテーマである「グローバル人材」について、なぜこれほどまでに喧伝されるようになったのか、その背景について分析してもらった。

そもそも「人材」という言い方が、気に入らない

かつて小林秀雄は「合理的人間になど出会ったことなどない」と言ったが、わたしは「グローバル人材」などというものに出会ったことはない、と言いたい。

そもそも「人材」という言い方が気に入らない。「人財」というひともいるが、ひとは、材料でもなければ、財産でもない。世界中のどこに行こうが、そこで出会うのは自分と同じようにわけのわからない、浮世の悩みを抱えたり、呆然としていたり、黙々と仕事をしていたり、恋人と腕を組んだり、苦境を抜け出すために何かよい手はないかと考えたりしている具体的な人間であり、抽象的なグローバル人材などというものは、どこにも存在していないのである。

そんなことを言いだせば、「労働者」も「消費者」もいないじゃないかという反論がありそうだが、そんなことはない。工場に行けばたくさんの労働者が、作業着を着て、手に道具を持って、働いているし、銀座や青山をあるけばショーウィンドウを眺めている無数の消費者で出会うことができるはずである。

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