「民主主義」「人権」に絶対的価値は存在しない あふれるフェイクニュースから真実を見いだす方法

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東西冷戦の終了とともに、武力による高圧的な戦略は、ますます情報による戦略に代わってきた。ジョゼフ・ナイは『ソフト・パワー』(山岡洋一訳、日本経済新聞社、2004年)の中でこう書いている。「他国の人たちがアメリカの理想に憧れ、アメリカが望むものと同じ結果を望むようにすることができれば、他国の人たちをアメリカが求める方向に動かすためにアメとムチを使う必要はなくなる。魅力はつねに強制より効果的であり、民主主義、人権、個人の機会といった価値観はきわめて魅力的である」(11ぺージ)。

確かに、民主主義、人権によって心を奪うことは、戦争より安くつき、魅力的なことかもしれない。しかし、この価値観自体が、人類にとって普遍的で絶対的なものではないとしたらどうであろう。まさにここに人権的報道の陥る罠があるともいえる。

国家のソフト戦略になったフェイクニュース

セルビアを非民主的、非人権的と報道することによって、セルビアの人々に、アメリカの民主主義のすばらしさを気づかせ、セルビアを民主主義と人権の国にしようと決断させることができたのだろうか。ユーゴ紛争やコソボ紛争はまさにこうした情報戦略の実験場であったのだが、結果として生まれたのは、今も継続する民族間の敵対と憎悪の連鎖である。

フェイク・ニュースは、国家が組織するソフト戦略の一端であるともいえる。ニュースはつねに価値観を含む。価値観を含まないニュースなどない。どの通信社を使うか、どのテレビを見るかで、ある種の価値観に決定されたニュースを見ていることになる。最近ではスマホに世界中のニュースや、ユーチューバーのニュースが勝手に流れてくる。こうしたなか、納得する情報をつかめるのだろうか。

相反する立場の国のニュースを聞くと、事実と言われるものがまったく異なって伝えられていることに気づく。私はユーゴスラビアという社会主義圏に住んでいたので、この種の悩みに何度も遭遇した。今でも、ロシアや中国のニュースと、西欧のニュースを比較するとまったく異なっていることに気づく。どちらが正しいのか。多くの日本人は西欧が正しいと信じたいだろうが、しかしそうではない。

これを避けるには、むしろスマホを使うといいかもしれない。スマホの時代になり、逆に努力さえすれば、両体制のニュースを見ることができ、お互いを比較し検討できるのだ。こうして比較・類推することで、ある程度ニュースがフェイクであるかどうかが見えてくるのだ。ただし、そのためには当然のことながら外国語の能力が必要不可欠であることは、付加しておく。

的場 昭弘 神奈川大学 名誉教授

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まとば・あきひろ / Akihiro Matoba

1952年宮崎県生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。日本を代表するマルクス研究者。著書に『超訳「資本論」』全3巻(祥伝社新書)、『一週間de資本論』(NHK出版)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(以上光文社新書)、『未完のマルクス』(平凡社)、『マルクスに誘われて』『未来のプルードン』(以上亜紀書房)、『資本主義全史』(SB新書)。訳書にカール・マルクス『新訳 共産党宣言』(作品社)、ジャック・アタリ『世界精神マルクス』(藤原書店)、『希望と絶望の世界史』、『「19世紀」でわかる世界史講義』『資本主義がわかる「20世紀」世界史』など多数。

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