小学校から大学院まで全学で取り組む理由とは?

政府は今、日本経済の持続的な発展のため、大学に蓄積された研究成果を掘り起こして「イノベーションの担い手」となる大学発スタートアップ企業の創出を積極的に後押ししている。全国の大学でもスタートアップ企業を生み出すべくさまざまな支援策を講じているが、中でもSDGs(持続可能な開発目標)に関する特徴的な取り組みとして注目されるのが、立命館の社会起業家支援プラットフォーム「RIMIX」だ。

「オール立命館でRIMIXを通じ、社会起業家を育成する“立命館モデル”を構築していきたい」と、立命館副総長・立命館大学副学長を務める徳田昭雄氏は意気込む。

徳田昭雄(とくだ・あきお)
立命館副総長、立命館大学副学長・経営学部教授。専門分野は経営学、イノベーション論、標準化研究

「実は本学ではスタートアップ支援の歴史は長く、例えば、『立命館大学学生ベンチャーコンテスト』については今年で18年目を迎えます。そうしたアントレプレナーを育成するカルチャーが学内にすでにあったことも大きいですし、近年は学園内でSDGsへの関心が高まっており、社会課題の解決に資する起業家を育てようとRIMIXをスタートしました」

RIMIXの大きな特徴は3つある。まず1つ目が、大学だけでなく学園全体で社会起業家の育成を目指していることだ。学園内にはもともとSDGsや起業などに関するさまざまなプログラムがあるが、それらをプラットフォームとして「見える化」し、小学校から大学院まで約5万人の児童・生徒・学生に挑戦の機会を提供している。これにより、彼らの社会課題に対する問題意識を深め、起業までをシームレスに支援していく。

「うちの学園はすでに小中高とPBL(課題解決型学習)をやっていることもあり、SDGsにひも付けて社会課題の解決をしたいという子たちがたくさんいます。とくに高校生や女生徒の関心が高い。そういった層がRIMIXに応募して起業家マインドを養い、活動が広がっていくことでソーシャルインパクトが発揮されていくと考えています」

画像を拡大
RIMIXの挑戦支援のプログラム。学園で学ぶ全員に機会を提供

2つ目が、企業との連携だ。日本を代表するベンチャーキャピタルであるジャフコグループをはじめ、戦後ベンチャーの旗手であるソニー、長年にわたり社会起業家支援に取り組むコモンズ投信、国内最大級のクラウドファンディングを手がけるREADYFOR(レディーフォー)などが勢ぞろい。各社のノウハウや知見を協働的に生かして実践プログラムを運営するとともに、社会起業家のコミュニティーを醸成していく。

「厳しい実社会に出る前に学内でしっかり失敗できる場所があり、必要なときにはプロが支援してくれる。多くのプロフェッショナルの方々から多面的な教育の機会を得られることは大きい。さらに同じ志を持った人間が周囲にいて切磋琢磨できる環境が、挑戦する彼らには何よりも心強いのではと思います」

3つ目が、起業や社会貢献に向けた活動のサポートとして、10億円規模の「立命館ソーシャルインパクトファンド」を学内に設定していることだ。

「学内でファンドを自腹で立ち上げているケースは珍しいと思います。しかも投資基準は金銭的なものだけでなく、SDGsや地域貢献といった観点を重視し、社会起業家を応援する投資なので外部の方にもかなり驚かれます。私たちは急成長を目指すユニコーン型ではなく、事業承継型のスタートアップを含め、地域に根差した草の根的な活動から持続可能な社会に貢献するゼブラ型のスタートアップ企業の育成を目指しているのです」

すでにRIMIXから社会起業家が誕生

現在、RIMIXでは、「総長ピッチチャレンジ」を2019年度から開催し、新たな社会起業家の掘り起こしを進めている。ソニーの新規事業支援プログラム「Sony Startup Acceleration Program(SSAP)」を立命館版にアレンジした支援を通じ、学生や生徒が自身のアイデアをブラッシュアップしてプレゼンテーションするコンテストだ。入賞者には国内外のオーダーメイド研修や起業に向けた各種サポートなど、各賞に応じた特典とフォローアップ支援もある。

ここから生まれた社会起業家の1人が、立命館アジア太平洋大学(APU)に在学しながら国内林業の再興を目指すkonoki代表取締役社長の内山浩輝氏だ。内山氏は20年3月から社会起業を志し活動をスタート。同年12月の総長ピッチチャレンジ2020に出場し、「SSAP賞」を受賞、今年4月に事業を株式会社化してkonokiを立ち上げた。

内山浩輝(うちやま・こうき)
konoki代表取締役社長。林業の課題解決をテーマに、社会起業を志し2020年3月に活動を開始。21年4月に同社設立
(写真:内山氏提供)

「祖父が事業家だったこともあり、子どもの頃から起業は身近で、起業家の生き方に憧れていました」と、内山氏は話す。大学2年生の頃に起業について真剣に考えるようになり、「APU起業部」の第1期生となった。これはAPU学長でライフネット生命創業者である出口治明氏が音頭を取って18年につくったもので、スタートアップ企業の経験者であるメンターに事業計画などの相談ができる実践型課外プログラムだ。

内山氏はある日、出口氏の紹介で三重県津市美杉町の林業家・三浦妃己郎氏(三浦林商代表、林業パートナー)と出会った。林業についてはまったくの門外漢だったが、三浦氏の話を聞くうちに林業の潜在的な可能性に気づかされ、その世界にだんだんとのめり込むようになったという。

そして、三浦氏とタッグを組み、従来の林業のスタイルに収まらない新しい木材の利用価値を生み出すことで、「儲からない、担い手がいない、管理されない森林の増加」という日本の林業が抱える課題解決と活性化を目指すことになった。

総長ピッチチャレンジ受賞時の内山氏(左)。konoki代表取締役社長の内山氏と、林業パートナーの三浦氏(右)
(写真右:内山氏提供)

しかし、事業をスタートさせたものの、どこから手を付け始めればいいのかわからない。そんな模索の状況を打破しようとSSAPに参加し、総長ピッチチャレンジに挑んだというわけだ。内山氏は、その支援内容についてどう感じているのだろうか。

「Sony Startup Acceleration Program」の活動風景。アクセラレーターが新規事業の立ち上げをサポート

「SSAPを通じて社会起業家としてのマインドや、どうビジネスモデルを構築すべきかなど多くのアドバイスをいただいたことで模索の状況を打破できました。また、総長ピッチがオンラインで全国配信されたことで、さまざまな方面の方から協業などのお声がけをいただけたことが何より大きかったですね」

同社は昨年7月、「READYFOR」のクラウドファンディングを活用し、木の幹でお茶を作るプロジェクトの資金調達を実施、間もなく製品化する予定だ。今年1月からは天然木材100%のバスアイテム「おうちでヒノキ風呂」を、クラウドファンディングサイトの「Makuake」を通じて販売開始している。内山氏は今後についてこう語る。

「まだ駆け出しという状況ですが、現在、家庭用の酒樽や森林フレーバーの水たばこ、サウナのアロマ水などの開発を進めており、商品ラインナップを拡充していきます。日本の森林を維持していくためにも、間伐材をどう生かしていくかが重要で、新たな視点から森林需要を生み出し、林業の持続可能性を広げていきたい。将来的には林業に限らず社会に根差した事業をどんどん手がけ、さまざまな分野で社会的課題を解決できる人材になりたいと思っています」

日本の大学では珍しいワンストップ型の起業支援

RIMIXによって社会起業家の創出を加速させる立命館。今年6月にはオール立命館のスタートアップ起業支援を一元化すべく、その司令塔となる「起業・事業化推進室」を設置した。

「今までバラバラに実施していた研究シーズの事業化とRIMIXを相互補完していくため、推進室をつくりました。学内外のニーズのマッチング、起業や事業化のテーマの戦略的選定、ファンドの運用管理までを担っていく予定。投資した企業のサポートもしていきます。このようにワンストップの部門をつくって起業支援する形は、日本の大学では初めてかもしれません」と、徳田氏は話す。

すでに研究シーズ型のスタートアップ企業の数は、ここ数年で2.3倍と大きく伸長しており、これにRIMIXが加わったことで大きなシナジーが期待できそうだ。徳田氏は展望についてこう語る。

「立命館といえば京都という印象がありますが、キャンパスは大阪や滋賀、APUは大分にあります。それぞれは日頃、別々に動いていますが、起業という枠組みを通じて、学園全体の一体感を高めていきたいと考えています。立命館大学はSDGsにひも付いた『THEインパクトランキング2021』において日本の私学の中で最上位の評価を得ましたが、今後もSDGs達成に向けた取り組みを促進し、“起業といえば立命館”と言われるような存在になっていきたいと思っています」

(注記のない写真は立命館提供)