アイドルが宝塚歌劇団を超えられない納得の理由 一過性のブームではなく人気が衰えない秘訣

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「あえて限定する」のは公演回数やスターの活動期間だけではない。スターのメディアに対する露出の度合いもだ。

宝塚歌劇団のスターは、卒業後はTVのドラマやバラエティ番組でも活躍することは少なくないが、卒業する前は民放の番組に出演することはほとんどない。さらにはこの時代にあってなお、SNS上に個人アカウントを持つことも禁じられている。なぜか?

宝塚最大の魅力は「男役」にあるが、そこに観る人それぞれが自らの理想や解釈を投影できるように、演じる側の「素」の姿をあえて世間にさらさないのだ、と森下氏は指摘する。

「会いに行けるアイドル」という身近さを謳ったAKBの急激な盛り上がりと数々の炎上やスキャンダル、その後の勢いの減速を考えると、ファンとの接触の機会を際限なく増やし、SNSなどで素の部分をやたらとオープンに見せていくことが必ずしもいいとは言えない。

特に舞台という非日常の空間で夢のような世界を演出するのであれば、むしろ演者とファンの距離感はある程度あったほうが望ましい。「男役」という虚構の世界に耽溺してもらうためには、ファンには「清く正しく美しい」部分だけが見え、想像を掻き立てる余地があるようにコントロールされていたほうがいい。宝塚歌劇の世界では、スターの素が見られるほど近づけるのは、スターごとに存在するファンクラブで上位の序列に入るほどチケット代などを投じた選ばれし者だけである。

今の世の中ではとかくSNSを使ってファンに「近づく」ことばかりが語られがちだが、「あえて距離を置く」「あえて見せない」ことによってしか得られない神秘性を重視しているのだ。

「あえて限定する」ことでエコシステムを作る

人気になったからといって送り手側がそれに集中し、供給量を急に拡大すると、一時的には大きな広がりを見せるが、どこかで受け手には飽きやうんざりした気持ちが生まれ、熱が冷めてしまいやすくなる。

それに対して宝塚は供給過剰による過熱や失望を生まないように、さまざまな面で節度を持った施策をし、適度な飢餓感をファンに作り続けることで、急激な客離れを起こすことなく長期にわたる成功を収めてきた。

公演回数、スターの活動期間や「素」の部分の露出を「あえて限定する」。それによってファンの側は一回一回の公演のプレミアム感と没入感が高まり、「もっと観たい」という後ろ髪を引かれる想いが湧き上がる――それが「また次も」という気持ちにつながる。よくできたしくみと言うほかない。

短期的に売り伸ばすことではなく、長期にわたって持続可能な事業を考えるうえで『宝塚歌劇団の経営学』は非常に示唆的な一冊だ。

飯田 一史 ライター

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いいだ いちし / Ichishi Iida

1982年青森県むつ市生まれ。グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了(MBA)。小説誌、カルチャー誌、ライトノベルの編集者を経てライターとして独立。マンガ家や経営者、出版関係者のインタビューも多数手がける。著書に『ベストセラー・ライトノベルのしくみ』(青土社)、『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)、『読者ハ読ムナ(笑)』(共著、小学館)、『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社新書)。

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