「学校図書館の情報化は遅れている」と語るのは、専修大学文学部ジャーナリズム学科教授の植村八潮氏だ。例えば、電子書籍。そもそも公共図書館でも電子書籍貸し出しサービスを中心とする電子図書館の導入は進んでこなかった。

植村八潮(うえむら・やしお)
専修大学文学部ジャーナリズム学科教授。2013年から電子出版制作・流通協議会と「電子図書館・電子書籍貸出サービス調査」を行うほか、学校図書館における電子書籍利用に関する実証実験などにも取り組んでいる
(写真提供:植村氏)

「米国では分館を含め約9000の公共図書館がありますが、5年以上前から電子図書館の普及率は9割を超えています。一方、日本は電子書籍市場が拡大しているものの、公共図書館では予算不足などを理由に電子図書館の導入が遅れています。

それでもコロナ禍で電子図書館が注目されたことでやっと200館を超えました。学校図書館もこの数年で私立校を中心に50校くらい(2019年12月時点)まで利用が増え、学校を対象とした『School e-Library』など新たなサービスも注目されています」

電子出版制作・流通協議会によると、21年4月1日現在の電子図書館(電子書籍貸し出しサービス)の数は201館、前年同月比で110館増えた。コロナ禍で外出自粛が求められる中、インターネット上で本を手軽に借りられるメリットに市民が気づいて認知が拡大したほか、臨時交付金が出たことも後押しとなって公共図書館での導入が急増したとみられる。

ようやく公共図書館が電子化に向けて動き始めたわけだが、費用等の問題から「教育現場では、まず私立の中高一貫校などで好事例が生まれて普及していくのでは」と植村氏は話す。

例えば、私立校では、英語の多読を目的に電子書籍サービスを契約するケースが多いという。英語を勉強しようと思ったときにオーディオブックを含む豊富な洋書と出合えるのは、電子書籍ならではの大きなメリットだ。また、次のような使い方も期待できる。

「『OECD生徒の学習到達度調査(PISA)』で日本人の読解力が落ちたのは、CBT(Computer Based Testing)に慣れていなかったから。今の若い世代はチャット文化なので、ディスプレーで長文を読むことに不慣れなのです。その訓練をするためにも、電子書籍は役立つでしょう」

まず活用すべきサービスや無料コンテンツとは?

しかし、電子書籍以前に学校がまず契約すべきサービスは「レファレンスツール」だと植村氏は言う。

「学校図書館は、子どもたちが何かを知りたいと思ったときに自由に調べることができ、疑問をぶつけられる場であるべき。とくにデジタルは調べる作業に向いているので、信頼・安心できるレファレンスツールを導入してその使い方を教えることが重要になります。例えば、ネットアドバンスが提供する『ジャパンナレッジLib』。百科事典や国語辞典など豊富なコンテンツを有したデータベースサービスで、大学での導入も多くお勧めです。

同社はこの4月から、コンテンツを学校教育に特化した『ジャパンナレッジSchool』というサービスも始めています。児童生徒1人ひとりの端末やスマホで辞書が使い放題になるので、調べ学習や探究学習にも使いやすい。こうした1人1台時代に適したコンテンツのほか、新聞データベースなどもそろっているといいですね」

学校図書館が今すぐ導入すべきは「レファレンスツール」

高大連携の観点からも「レファレンスツールを導入すべき」と植村氏は強調する。実は、大学図書館は20年以上前から電子ジャーナルや機関リポジトリ、データベース提供サービスなどの構築に取り組んでおり、電子化が進んでいる。今や理系も文系も各種データベースを扱うことが当たり前の時代となった。また、レファレンスツールを学外からもアクセスできるようにしている大学は多いため、コロナ禍で休講が続いた時期も学生たちは自宅で調べものができたという。

ちなみに植村氏が所属する専修大学では19年に「ジャパンナレッジLib」への学外からの同時アクセス数を無制限にし、全学生がいつでもどこでも使えるようにした。紙の本は誰かが借りていると読めないが、電子書籍やレファレンスツールは、契約さえすればマルチアクセスが可能となる。「この点も電子図書館の大きなメリット」と植村氏は話す。

一方、ほとんどの高校では電子化された情報資源を使っていないため、大学に入ったときに戸惑う学生も多いという。「この高大の大きなギャップを埋めるためにも、レファレンスツールくらいは契約してほしい」と植村氏は話し、こう続ける。

「情報リテラシー教育の観点からも、学校は信頼・安心できるデジタルコンテンツを子どもたちに提供すべきです。近年子どもたちのスマホによるトラブルが増えていますが、それは小中学校でスマホの持ち込みを制限しているからです。端末活用の前に『正しい使い方を教えるので、学校にスマホを持ってきなさい』と情報リテラシーを教えるのが先ではないでしょうか。

そこが抜け落ちているため、いまだに大学の先生は『“Wikipedia”だけの引用は駄目』といった初歩的なことから教えています。誤った医療情報を掲載してデジタルコンテンツの信用を毀損した『WELQ』のようなひどいサイトも生まれてしまいましたが、その背景には利用者の情報リテラシーが低かったことも一因に挙げられますね。

そろそろ学校がコンテンツの信頼性について教えるべきではないでしょうか。その際、レファレンスツールなどが学校図書館にあると、信頼・安心できるコンテンツとは何かということを示せると思います」

まずは無料コンテンツを活用するという手もある。例えば、20年夏にリリースされた「ジャパンサーチ」。国立国会図書館を中心に、国内の美術館や博物館などさまざまな分野のデジタルアーカイブと連携した検索サイトだ。

「昨年から、先進的な先生たちの間でこの『ジャパンサーチ』を探究学習に使うという動きが急速に広まっています。博物館に行かないと得られなかった情報が学校で手に入り、数が限られた辞書を使い回すよりも『主体的・対話的で深い学び』が実現できる。これは明らかに今までの教育ではできなかったことです」

「1人1台端末」本格活用までの3つのステップ

しかし、小中学校で「1人1台」の端末が整備されたとはいえ、学校図書館がこのICT環境を活用して教育課程の展開に寄与するためには、まず教育現場が3つの壁を乗り越える必要があるようだ。1つ目は端末とネットワークの問題解決が必要だと植村氏は指摘する。

「昨年大学はオンライン授業を行い、おそらくどこも一度はサーバーダウンしていますが、どんどん増強していきました。小中高でも『サーバーが落ちた』『安い端末なだけに使いにくい』などの問題がこれからもっと出てくると思いますが、これはお金と技術で解決できること。国や教育委員会が予算をつけて改善することが大切になります」

問題なのは2つ目の壁、「コンテンツ」だという。現在、端末整備が先行し、教材が不十分な状況にある。

「現状のデジタル教科書も検定教科書をスキャンしたようなPDFレベルです。これでは端末の本格活用は進みません。ただ、今までは教科書発行会社がデジタル教科書とデジタル教材を作って販売していましたが、今後は異業種の参入が期待されています。ICT活用が進んでいる通信教育や予備校、eラーニングやCBTシステムを提供する企業などのノウハウが入ってくることで、コンテンツ不足は解消されていくでしょう」

そして3つ目の壁が、「教員のノウハウの蓄積」だ。「端末活用は先生全員が新人です。端末やコンテンツを使いこなして先生たちがスキルやノウハウを高めていくところが、いちばん時間がかかると思います」と、植村氏は語る。

学校司書や司書教諭にも求められる「ICT活用能力」

こうした中、学校図書館を担う学校司書や司書教諭にはどのようなことが求められるのだろうか。

「先ほど紹介したようなレファレンスツールや電子書籍など、授業に活用できる魅力的なコンテンツはたくさんあります。まずはそういった信頼・安心できるコンテンツを導入し、マルチアクセスにして子どもたちがいつでも使えるようにしてあげられるといいですね。そして、端末やデータベースの使い方を教えてあげたり、困ったときにしっかり対応してあげたり、子どもたちがいつでも聞きに行ける環境を提供することが大切になります」

ICTは教科横断的な授業や探究学習に役立つ

また、「教科教員との連携やサポート」も求められているという。新学習指導要領の総則には「学校図書館を計画的に利用しその機能の活用を図り、児童(生徒)の主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善に生かす」と書かれている。今後、教科横断的な授業や探究学習が増えていく中、学校司書や司書教諭は各教科の教員と上手に連携を取っていく必要があるだろう。

「例えば、英語教員が『多読をやりたい』と言ったときに、どんなコンテンツでどんな授業をするのかということを提案するスキルが求められます。紙の本は付箋を貼りながら読むと記憶に残りやすいなど、空間把握的な力を生かした学習ができますが、調べる作業はデジタルのほうが圧倒的に優れている。こうした紙とデジタルの特性を踏まえた支援スキルなどが必要になってくるでしょう。また、私は小学校低学年ではデジタルコンテンツよりもリアルの経験が必要だと思っており、発達段階に応じた資料の提供も大事だと考えています」

こうしたスキルを養うためにも、学校司書や司書教諭は、ICT活用能力を身に付けて視野を広げていかなければならない。しかし、「図書館従事者の多くが、紙の本が大好きでICTに腰が引けている」と、植村氏。「読書は紙でするもの」といった考え方はいまだに根強く、電子書籍のメリットも理解していない人が多いことは大きな課題だという。

「世の中がデータベース化し、公共図書館も電子化が進み始めた今、学校図書館が変化に後ろ向きでいてよいのでしょうか。学校図書館は信頼・安心できるデジタルコンテンツを早く子どもたちに確保して学習環境を保障してあげるべき。そのことが、先生たちの新たな授業ノウハウにもつながっていくはずです」

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、注記のない写真はiStock)