台湾新幹線の製造価格「3倍も高い」カラクリ 独自取材で判明、日本と違う台湾のコスト構造

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なお、高鉄の仕様では、新型車両の試運転費用や運転士の訓練運転に関する費用も製造費用に含んでいる。当然ながら日本の新幹線では試運転費用や訓練運転費用は製造費用には含まれない。さらに台湾へは車両を船便で輸送するため国内輸送と比べると輸送コストがかさむ。これも製造費用に含まれる。

また、日本ではJRとメーカーの長年の取引慣行があり納入遅延はまず起きないが、高鉄では納入遅延に対するペナルティが厳しいため、メーカーは納入遅延を回避する予備費用を多めに見込んでいる。加えて、車両トラブルに対する補償条件もJRより厳しい。

こうした諸条件を合計した結果、高鉄の新型車両の製造費は日本の新幹線の製造費用よりも割高になった。ただ、関係者によれば、「3倍高いということはなく、新幹線の製造費の2倍以内には収まっている」。東洋経済オンライン2021年1月23日付記事(急展開、台湾新幹線「国際入札」打ち切りの裏側)によれば、1編成当たりの価格は29億台湾ドル(111億円)だ。

700Tの本当の製造コストは不明

では、700Tの製造費用と比べた場合はどうだろうか。実は、700Tのコスト構造自体は明確になっていない。前述のとおり追加導入した700Tの1編成当たりの価格は約16.5億台湾ドル(約63億円)だが、そこに仕様策定などの費用は含まれていない。当初製造した30編成に含まれているのだ。

では、当初の30編成の製造費用はどうだったかというと、「高速鉄道計画全体にまたがるプロジェクト管理費用を車両などのセグメントごとに按分する作業を行っていない」と関係者は説明する。さらに「製造費用は予算をオーバーし、費用の一部はメーカーの “持ち出し”だ」という指摘もある。つまり、初期費用を含めた700Tの製造費用は誰にもわからない。

割高に見える新型車両の製造費用について、メーカー側は台湾以外の国に高速鉄道車両を納入した際の価格を高鉄に説明しており、国際的に見ても割高ではないことは、少なくとも高鉄の現場サイドは納得した。しかし、高鉄の董事会(日本の取締役会に相当)は、「鉄道の専門家集団ではないため鉄道のコスト構造をよく理解しないまま、車両の価格が割高だと判断した」(関係者)。その結果、入札は中止となった。

700系(上)と700Tの先頭部。700系にはある乗務員室の扉が700Tにはなく、流線形のカーブも違う(写真上:tackune/PIXTA 写真下:jemmy999/PIXTA)

新型車両の製造費用が29億台湾ドル(111億円)だとすると、現地報道が伝える50億台湾ドル(約192億円)という金額は一体どこから出てきたのだろうか。真相はどうやら高鉄の董事会メンバーが、「約3倍も高い」と発言。それを受けて、台湾のマスコミがN700Sの価格を3倍して50億台湾ドルという金額を導き出したようだ。

なお、「3倍」という数字が何と比較したものかは明らかにされていない。700Tの価格を当時の為替レートで換算すると45億円なので、「111億円÷45億円=2.5」を切り上げて、「3倍」という計算は成り立つが、はたしてどうだろうか。

高鉄が新型車両を導入する理由は、今後予想される高速鉄道の需要増に対応すべく車両を増やすというものだった。交渉打ち切りによって、当面は現行の車両数でやりくりすることになるが、おそらく早晩、高鉄は車両の追加導入を迫られ、入札が再開されることになる。そのときに仕様や価格で歩み寄るのは高鉄か、それともメーカー側なのだろうか。

大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げる。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に現在は鉄道業界の記事を積極的に執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京五輪・パラにボランティア参加。プレスチームの一員として国内外の報道対応に奔走したのは貴重な経験。

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