アルフィー、還暦だけど「スタートライン」 40年の軌跡には、仕事の教訓がいっぱい

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幻の楽曲「府中捕物控」

1970年代初頭、坂崎幸之助、桜井賢、高見沢俊彦の3人は明治学院大学在学中にグループを結成する。結成前、坂崎、桜井はフォークのコピー、高見沢はロック一筋で、当初、お互いの音楽の趣向は異なったが、高見沢が坂崎に出会い、コーラスなどに魅力を感じ、ふたりのグループに加入することになった。その後、コンテストに合格し、1974年にビクター音楽産業から「ALFIE」としてデビューする。その頃、高見沢はフォークグループであることから、グループ活動におけるエレキギターの使用を封印した。

デビュー時は、レコード会社の方針で3人の思いとは違い、アイドルフォーク的なイメージでのデビューとなった。しかも、コンテストでは桜井がメインボーカルで、高見沢と坂崎がギターを弾いていたが、レコード会社はそんなメンバーの音楽的な面よりもビジュアルを重視、高見沢がギターを持たず、メインボーカルとなり、桜井がギターを弾くことになった。不満を抱きながらもレコード会社の方針に従い、与えられた楽曲を歌ってレコードもリリースした。

教訓:自分で作らないと無力

だが、デビュー翌年に発売を予定していた、三億円事件をパロディ化した楽曲「府中捕物控」が発売直前にレコード会社から急遽、発売中止を言い渡され、これを機に契約解除となる。その出来事は、作詞作曲をしていなかった自分たちの無力さを痛感させ、これをきっかけに、作品作りに力を入れるようになった。

その後、ライブハウスやデパートの屋上で地道にライブを行うかたわら、所属プロダクションの先輩たちのバックバンドをこなした。そこで音楽性やステージの演出、演奏技術のみならず、お客さんに楽しんでもらえるためのトークやものまねのノウハウも吸収した。その頃に得た経験が、現在のコンサートでの基盤となっている。

そうした地道なライブ活動を重ね、徐々に観客動員が増えていき、1979年にポニーキャニオンから再デビューが決まった。デビュー曲は高見沢が作詞作曲を手掛けた「ラブレター」。高見沢の甘い歌声と3声のハーモニー、ギターアンサンブルといった3人の持つ個性や魅力が詰まった、切ない歌詞とメロディが印象的な名曲である。

決して派手なデビューでもなく、ヒットしたわけではないが、間違いなくアルフィーの歴史における大きなターニングポイントだ。また、このときから基本的に高見沢が作詞作曲を手掛けるようになる。

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