浮気夫から裁縫上手の妻へ「3通の失礼な手紙」 「蜻蛉日記」仕立てをめぐる話で見えたもの

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貴族の男性にとって、複数の女性の屋敷に通って恋愛を謳歌するというのは当たり前だったので、妻たちもほとんどの場合、お互いの存在を把握していた。みっちゃん自身も、兼家の2番手の妻であり、主に不満を垂れるためだが、正妻の時姫と手紙のやり取りを何度かしているし、兼家の旧妻だった源兼忠女の娘を引き取り、養女にしている。

そう考えると、仕立てのお願いぐらいは目くじらを立てるようなことではなかったはずだ。母親の穏やかな反応はきっと普通だっただろう。しかも、得意分野の腕前を相手の女に見せつけるチャンスでもあったので、なおさら引き受けるべきだったのかもしれない。

気の強いみっちゃんが負けを認めた

しかし、針1つを動かすだけで、兼家に対する気遣いを示し、新しい妻とのパワーバランスを覆すこともできたのに、拒否することによって、夫により一層疎まれる悲しい結果になってしまうのだ。

みっちゃん本人も頭ではわかっている、それが戦略ミスだった、と。そして、その反省の痕跡は、さりげなく文中に織り交ぜられている。

逆上する侍女たちは、「なま心ある人」と形容されているが、「なま心」は「中途半端な分別心や風流心」という意味になっているので、彼女らはあまり世間を知らない若い女たちであることと、その助言を頼りにすべきものではなかったことがその表現に込められている。気の強いみっちゃんが負けを認めるなんて、とても珍しいけれど、その小さな反省の証しは強烈な恨みの表現に埋もれてしまう。

【みっちゃんを怒らせた失礼な仕立てのお願いその2】

みっちゃんが「都合のいい女」に落第させられた瞬間が来る。

かくて経るほどに、その月のつごもりに、「小野宮の大臣かくれたまひぬ」とて、世は騒ぐ。ありありて、「世の中いと騒がしかねれば、つつしむとてえものせぬなり。服になりぬるを、これら疾くして」とはあるものか。いとあさましければ、「このごろものする者ども里にてなむ」とて返しつ。これにまして心やましきさまにて、絶えて言づてもなし。さながら六月になりぬ。
【イザ流圧倒的訳】
しばらく時間が経ち、その月の下旬となった頃に、小野宮の大臣がお亡くなりになって、世間が大騒ぎ。そしたらあの人は、ご無沙汰続きの揚げ句に「世の中は大変、こんな状況なので謹んでそちらにはいけないな。喪中になったから服を早く仕立ててくれ」とのこのこ言ってきたけど、何それ? 意味わかんない……。あきれてしまって「裁縫が上手な子が里帰りしたんで」と言って返したわ。それが気に障ったのか、一言も返事なし。姿を見せないまま6月になっちゃった。
次ページ3つ目の事件でついに無言の戦いへ突入
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