浮気夫から裁縫上手の妻へ「3通の失礼な手紙」 「蜻蛉日記」仕立てをめぐる話で見えたもの

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結婚したばかりの初々しい時期には、みっちゃんが心を込めて高級な召し物をたくさん試作し、夫に贈っていただろう。しかし、こうした喜ばしいプレゼントより、物議を醸した仕立て依頼のほうがひときわ豪壮に描かれており、大変印象深い。

怒りが炸裂する瞬間、みっちゃんがそれを言葉で表現する才能はやはりピカイチだ。日記のページをめくるたびに、臨場感にあふれる場面に出くわし、その迫力に圧倒される。夫をののしる姿に鬼気迫るものを感じて、ただの仕立て物に関する痴話げんかであることをすっかりと失念してしまう。執念深さはみっちゃんのいちばんの欠点であり、最大の魅力でもある。

新婚早々浮気を繰り返した末に…

【みっちゃんを怒らせた失礼な仕立てのお願いその1】

それは浮気相手を経由して舞い込んできた。

七月になりて、相撲のころ、古き新しきと、一領づつひき包みて、「これせさせたまへ」とてはあるものか。見るに、目くるるここちぞする。古代の人は、「あないとほし。かしこにはえつかうまつらずこそはあらめ」、なま心ある人などさし集まりて、「すずろはしや、えせでわろからむをだにこそ聞かめ」など定めて、返しやりつるもしるく、ここかしこになむ持て散りてすると聞く。かしこにも、いと情けなしとかやあらむ、二十余日、訪れなし。
【イザ流圧倒的訳】
7月になって、ちょうど相撲の節会のころ、古い仕立てものと新しいもの、一式ずつ包んでよこしてきて、あの女が「これを仕立ててくださーい」だと。そんなことを言ってくるなんて、あーーーーんた、いったい何様のつもり? 目がくらむほど、怒りがこみあげてきた。古風な母は「まぁ、兼家さん、お気の毒だわ。あちらでは衣装を縫ってくれる人がいないでしょうねぇ」とのんきなことを言う。正直すぎる侍女たちが寄り集まって「ムカつく! 仕立て1つできないくせに。やってあげたところでケチつけられちゃったりしてぇー!」と皆で決めて、そっくりそのまま突っ返してやったわ。風のうわさによれば、あっちこっちに頼んでなんとかできたみたい。冷たいと思ったのか、あの人、20日以上も姿を見せていない。

まさに堪忍袋の緒がブチっと切れる音がする。結婚したばかりなのに、兼家が浮気を重ねた末、新たな妻を娶(めと)って、その女から仕立ての依頼がシレッと寄せられてきたわけである。

驚きを禁じえないみっちゃんは、母親と侍女たちと相談したうえで、やはりどうしても許せず、拒否する。現代人の感覚からすると、当然の反応だし、プンプンに怒っているみっちゃんの肩を持ちたいのは山々だ。しかし、当時の常識からしてどうだろうか。

次ページ怒っているみっちゃんは反省もしている
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