ワクチン入手に「切り札」台湾のしたたかな戦術 焦る「コロナ防疫優等生」が繰り出す一手

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一方、中国がワクチン製造を開始し、友好国を中心にワクチン外交とも言われる世界販売を展開している。台湾の野党・中国国民党の中で親中派とされる議員の中には、政治的な関係も含めて「このワクチンを獲得せよ」との声が上がっている。しかし、中国製ワクチンを入手することは、政府はもちろん、台湾世論も「ありえない」との考えが主流だ。

やや強気とも思える台湾の動きにはわけがある。世界中がコロナ禍で経済活動に支障をきたしている中、台湾は2020年に2.98%の成長を達成し、2021年には3.68%を予想するほど好調を維持している。特に経済の牽引役とされているのが台湾積体電路製造(TSMC)で、昨今の台湾では、同社の枕詞に「護国神山」と名付けて呼ぶほど、現在の台湾経済を支えている。

5Gに代表されるIT業界の新規需要の他に、コロナ禍で在宅勤務が増えてパソコンなどのIT家電需要が喚起され、世界的な半導体不足が続いている。量と質の双方で安定的に供給できるサプライヤーが少なくなっており、コロナ禍の水際対策が成功し、「日常」が続けられている台湾のTSMCに注文が殺到しているのが現状だ。

TSMCが台湾の「護国神山」に

また半導体不足は、すそ野が広いとされる自動車メーカーにも波及しており、比較的早期に生産が回復したものの、年明けから部品不足が顕在化し、各社で生産調整が行われているという。1月26日、日本の梶山弘志経済産業相は記者会見で、台湾当局を通じてTSMCをはじめ現地メーカーに「自動車業界と連携したうえで(半導体の)増産に向けた働きかけを行っている」と明らかにした。

さらに1月28日には、日本やアメリカ、ドイツ各国が台湾政府に対して半導体増産の協力を要請していると現地のメディアが報じた。ドイツのアルトマイヤー経済相が、半導体の調達が困難で苦境に立たされているドイツ自動車産業へ半導体の供給を増やすよう要請する書簡を、王経済部長と行政院副院長宛てに発送したという。

それに対し、台湾経済部(経産省)が、2020年末から各国が外交ルートを通じて車載用半導体の不足を補うため、台湾側に増産と供給の要求が相次いでいたと認めた。新型コロナを通して、世界は再び台湾に注目する状況が生まれている。

そこで、冒頭の半導体でワクチンを入手しようとするしたたかな交渉が展開されているのだ。

興味深いのは、台湾世論もこのような動きに理解を示し、後押ししている点だろう。人口約2300万人の台湾で、現在獲得しようとしているワクチンは計2000万本で、コバックスから約476万本、アストラゼネカから1000万本、その他1社と交渉中という。コロナ禍で台湾経済を支えている「護国神山」TSMCが、巡り巡ってコロナ対策そのものでも台湾を支える姿が浮かび上がってきた。防疫と経済をうまく回すことでは、やはり台湾は世界の先頭を行っているようだ。

高橋 正成 ジャーナリスト

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たかはし まさしげ

特に台湾を中心に、時事問題をはじめ、文化、社会など複合的な視座から問題を考えるのを得意とする。現役の翻訳通訳者(中国語)。

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