米議会突入と香港弾圧、世界が向う「2つの暗黒」 二大国が競演「ディストピアの時代」の現実

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それに対しトランプ政権下のアメリカや習近平家主席下の中国はどうか。

トランプ大統領は自国の利益を最優先する「アメリカファースト」を掲げ、内政では移民排斥、人種差別問題などで国内の分断をかつてないほど深刻化させた。対外政策も歴代政権が何とか維持してきた国際協調主義を粉々にしてしまい、同盟国との関係もかつてないほど不安定なものにした。トランプ大統領が残した負の遺産はバイデン新政権になってもそう簡単に清算できるものではないだろう。

一方の習近平国家主席が掲げるのは「中華民族の復興」であり「中国の夢」の実現という、これまた露骨な自国中心主義である。そして、共産党一党支配を揺るがしかねない動きに対し、徹底的な強硬姿勢で臨んでいる。それが香港の民主派弾圧や新疆ウイグル自治区での100万人ともいわれる強制収容だ。

ピントが外れた菅首相コメント

今回のアメリカ議会の暴動も、香港民主派の大量逮捕も、まさに岩井氏の言う「ディストピア」の競演そのものである。

はてさて我々は今、二大強国が「ディストピア」に陥った現実を前に、おろおろと当惑するしかないのであろうか。

アメリカ議会の事件について菅義偉首相は、「バイデン次期大統領の下でアメリカ国民の皆さんが一致結束して歩んでいただきたい」と、まったくピント外れのコメントしか出していない。加藤勝信官房長官も「懸念をもって注視している」と当たり障りのない言葉にとどめ、記者から今回の事件とトランプ大統領の政治手法との関係を問われると、「アメリカの内政に関することで、政府としてコメントを差し控える」と逃げている。

新型コロナウイルス対策に追われ、アメリカや中国の問題にかまけている余裕はないとでも言いたいのかもしれない。それにしても欧州主要国首脳らの危機感あふれる言葉とは比べようもない無意味な発言ばかりである。

メディアの対応にも首を傾げた。アメリカの議会占拠事件直後の7日夕、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた緊急事態宣言発動のため菅首相が記者会見を行った。約1時間に及んだ会見で多くの記者が質問に立ったが、誰もアメリカ議会の事件について首相の見解を問わなかったのである。第一線でエネルギッシュに活動しているであろう現役記者が、目の前の問題にしか関心を持たない狭い視野や想像力しか持っていないのかと少々、驚きを覚えた。

日本は今後、長期にわたって2つの「ディストピア」と否が応でも向き合っていかなければならないのだが、メディアの関心の低さと、発信力なき日本の政治家の現実を目にして、果たしてきちんと対応できるのかはなはだ不安である。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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