ワクチンの特許は「独占しないほうがいい」理由 ノーベル経済学賞を受賞した最新分野の考え方

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その先端分野の研究の最新の成果が本書の「ラディカル・マーケット」論(グレン・ワイルとエリック・ポズナー)である。

彼らは「私有財産制こそが自由市場に限界をもたらす」と言う。自由市場が「所有権」とともに発展してきた歴史を考えれば、これはそうとうラディカル(過激、急進的、根本的)と言わざるをえないのではないだろうか。

ノーベル賞受賞者であり市場の制度設計の分析で名高いジャン・ティロールは「(彼らの分析は)世界観を根底から覆す」とまで言っているが、これまで見てきた経済学の歴史を踏まえてみればうなずけるところも大だろう。

ワイルとポズナーの論考は広い領域を横断し多くのアイデアとともに語られているが、中心的なものを1つ挙げるとすればこの「脱・私有財産」の主張だろう。その核心は何なのだろうか。

私有財産制の落とし穴「財の独占による退蔵」

巨大資本家の独占は、市場参加者の排除を生んでしまう。これはすでに見てきたとおりだが、そのような大げさな事例でなくとも、所有によって財を独占すること自体に同様の排除を生む契機があるのだという。

わかりやすい例で言えば、道路用地の買収において、道路の利用者や社会全体のメリットがいかに大きいとしても、どうしても売りたくないという狭小の土地の存在がすべての計画を頓挫させる可能性がある。所有権の絶対性を考えればそれは認められるべきことではあるが、ただこれは頻発すると多くの計画が滞ってしまう、つまり市場のマッチングが機能しなくなる可能性を抱え込むことになる。

そして同様のことは道路用地以外にも、広告媒体、電波周波数帯、特許といった広範な領域で起こりえる。所有こそが財の退蔵を招き、有効活用を妨げてしまう、という市場の失敗をどうすればよいか、というのが彼らの問題意識であった。

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