滝沢カレン節炸裂の「料理本」劇的ヒットの必然 レシピがこんなにも文学的になるなんて

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分量も時間も明記しない滝沢氏の本は、初めて台所に立った人には不親切かもしれないが、「正しく作ること」にとらわれている経験者にとっては、初心を思い出させる力がある。から揚げにする鶏肉に加えるニンニクとショウガの量を「アクセサリーをつけるくらいの気持ちで」と表現すると、感覚的に好きな量を入れることができる。

揚げている間に「だんだんとキャピキャピ音が高くなってきたら、ほんとに出してくれの合図です」と音を聞き、ハンバーグで「何勝手に洋服羽織ってんの⁉」と料理の色を観る。

料理は本来「楽しいこと」を思い出させる

料理は本来、五感を駆使して感覚的につかんだ方法で作る。どんなにきっちり本の通りに測っても、食材の状態、天候によっても仕上がりは変わる。食べる人の好みやそのときの気分に合わせることはできない。しかし、感覚的に料理ができるようになったら、適切な方法を臨機応変につかめるようになる。また、いちいち分量を量ったり、料理中にレシピ本を確かめるより時短にもなる。

正確な情報を求める私たちは、失敗を恐れ過ぎてはいないだろうか。料理には失敗がつきものである。レシピに頼ろうが、自己流でやろうが、焼き過ぎる、火が通っていない、味が濃過ぎる、薄過ぎるといった失敗はある。しかし、レシピに頼って失敗すれば、レシピのせいにできる。

料理編集者たちが正確さを求めるのは、そうした読者たちを知っているからだ。しかし、奇しくも2人の料理家がどちらも滝沢氏をうらやましいと言うのは、料理家たちの本音は自分なりに応用できるようになって欲しい、というものだからではないだろうか。

”カレンワールド”全開の本は、もう1つ新たな可能性を示している。それは、特に初心者向けのレシピ本に近年登場しているユーモアだ。

山本ゆり氏が、そのパイオニアである。例えば、豚キムチ豆腐のレシピで、材料に「万能ねぎまたはにら」と入れたうえで、吹き出しで「この二択何。味全然ちゃうやん」とツッコミを入れるなど、レシピに挿入された大阪弁のコメントが、クスリと笑わせる。2016年に出た『ゆる自炊ブック』も、「豚こまと玉ねぎのしょうが焼きっぽい炒め」という料理名にするなどユーモアを見せる。そして、滝沢氏の本はユーモラスな表現で押し通している。

料理はガチガチに緊張して作ると失敗しやすい。栄養バランスなどを考え、真面目に取り組み過ぎても疲れる。「肩の力を抜き、楽しもうよ」と、これらのレシピ本は伝えている。そうした楽しい本は、これからもっと増えるのではないだろうか。

阿古 真理 作家・生活史研究家

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あこ まり / Mari Aco

1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部卒業。女性の生き方や家族、食、暮らしをテーマに、ルポを執筆。著書に『『平成・令和 食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)』『日本外食全史』(亜紀書房)『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた』(幻冬舎)など。

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