コロナが外交の世界にもたらす深刻な帰結 外交官の往来停止で広がる国家間の乖離

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ヒトやモノの移動が自由なはずのEU内で、医療協力や物資の支援などは思うように進んでいない。感染拡大期には各国とも自国内の対応に追われ、地域全体を考慮する余裕などあるはずもない。自ずと自国を最優先する対応をとらざるをえない。

その結果、財政が逼迫しているうえに医療体制などが弱い南欧や東欧諸国からは、「ヨーロッパの連帯など存在しない、おとぎ話だった」(ブチッチ・セルビア大統領)という声が出てくる。このことはコロナウイルスが収束した後も、為政者のみならず国民の間に強烈な記憶として残るだろう。

「マスク外交」で存在感をアピール

そして、この間隙を縫って存在感をアピールしているのが中国だ。いち早く感染拡大を抑え込んだ中国は、世界各国にマスクを提供する「マスク外交」を展開。イタリアなどには医師も派遣している。習近平国家主席はこれを「健康のシルクロード」と呼んで自画自賛している。善意からの行為に見えるが、アメリカにとって代わり、世界各国への影響力を強化しようという、形を変えた自国中心主義であることは言うまでもない。

コロナウイルス問題が起きなければ主要国が真剣に取り組んでいたであろう北朝鮮の核・ミサイル問題やイランの核合意問題、シリアの内戦問題などはまったく話題にならなくなった。どの国も他国の問題に関わっている余裕はまったくない状況なのである。

有限の資源をめぐる争いとナショナリズムが世界大戦を引き起こしたのだが、今またコロナウイルスを契機に医療資源の確保などが、国家関係を引き裂き始めている。それを調整するはずの外交は影も形も見えない状況となっている。

今回の世界的危機が収まったあと、外交の世界は果たして元の姿に戻ることができるのであろうか。目に見えないウイルスが作ってしまった新たな自国中心主義と、その結果生まれた国家間の不信感が、短期間でどこまで修復できるのか。世界が再び協調や連帯の重要性を確認し、実践できなければ、コロナウイルスの残す傷は想像以上に人類に重くのしかかってくるだろう。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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