1400万人の米国人が美容整形に走る深い理由 理想化された女性美・男性美に苦しむ現代人

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マッチョに見えなければならないという男性へのプレッシャーは、一般のスーパーマーケットでボディービル用のサプリメントに多くの棚が割かれていること、男性の間での摂食障害の蔓延、男性用のワックス脱毛、シミ抜き、しわ取り注射による若返りなどの美容整形手術の人気などを見れば明らかだ。大衆紙が指摘しているように、着せかえ人形のバービーと同じくらいに、ケン(バービーの恋人)になるのも難しい。

2013年に美容整形手術を受けたアメリカ人は約200万人、しわ取り用のボトックス注射やしわのフィラー治療のような非侵襲性の美容整形手術を受けたアメリカ人は約1400万人もいた。

最も人気が高いのは、豊胸手術、鼻の整形、まぶた手術、脂肪吸引手術、顔のしわ取りである。

なかでも人気が急上昇しているのが、バストの引き上げ(2000年以降70%増)、腹部の引き締め(同79%増)、ヒップの引き上げ(同80%増)、下半身の引き締め(同3417%増)、上腕のたるみ取り(同4565%増)である。

一風変わった専門協会――米国審美整形手術協会――では、大陰唇形成手術(外陰部周辺の皮膚の折り重なった部分の整形)を人気が上昇している手術に追加している。

同年のイギリスでも、5万件の美容整形手術が実施された。アメリカと同様に、胸、鼻、まぶた、顔が最も人気の整形部位だった。過剰な脂肪の吸引手術は、その1年だけで40%以上も増加した。

私たちはこうした統計をどのくらい憂慮すべきだろうか。手術のメスや毒素の入った注射を受け入れる人が増えていることは、人々の間で、人為的な整形に対する後ろめたさが後退し、自分の理想どおりに他人から見てもらいたいという「健全な願望」を持つ人が増えていることの反映なのかもしれない。

不安、心配、不幸という感情から整形に走る少女たち

だが2012年に発表された研究によれば、現実はそうではなかった。その研究はノルウェーの10代の少女を対象にしたもので、13年間かけて彼女らの外見への満足度、メンタルヘルス、美容整形手術の有無などに関するデータを収集した。

うつ病や不安症の兆候、自傷歴、自殺願望、違法な薬物使用は、こうした若い女性が美容整形手術に走る前触れになっていた。調査の期間中に美容整形手術を受けた若い女性は、受けなかった女性に比べて、うつ病や不安症の兆候、摂食障害、飲酒経験などの件数で上回っていた。

それに先行するアメリカの研究によれば、美容整形手術の患者はほかの手術の患者に比べて、精神病の経験がある可能性が5倍も高かった。実際のところ、美容整形手術の患者の18%が、美容整形手術の相談中に精神病治療薬を使用していた。

美容整形手術の増加は、それが明らかに不安や心配、不幸といった感情の反映であることから、そのまま見過ごすことはできない。美容整形手術が社会的な優劣の競争であるとすれば、それは間違いなくゼロサムゲームだ。私たち全員が他人との比較で美男や美女になることはできないからだ。

リチャード・ウィルキンソン 経済学者、公衆衛生学者

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Richard Wilkinson

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで経済史を学び、後に疫学を学ぶ。ノッティンガム大学メディカルスクール名誉教授、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン名誉教授。著書に『格差社会の衝撃』『寿命を決める社会のオキテ』など。ケイト・ピケットとの共著『平等社会』は『ニュー・ステイツマン』誌の「この10年に読むべき本トップ10」に選出され、20を超える言語に翻訳された。

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ケイト・ピケット 疫学者

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Kate Pickett

ヨーク大学健康科学学部教授、同大学未来の健康センター副所長。ケンブリッジ大学で形質(自然)人類学を、コーネル大学で栄養学を、カリフォルニア大学バークレー校で疫学を学ぶ。『平等社会』共著者のリチャード・ウィルキンソンとともに、英国の不平等を解決するための組織イクオリティ・トラストを設立する。

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