新型肺炎流行で日本の景気後退リスクが高まる 歴史を振り返れば感染症流行はあなどれない

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かつてはスペイン風邪による死者は世界で2000万人程度とされていたが、近年の推計では死者は5000万~1億人とされ、第1次世界大戦の死者1700万人を上回り、第2次世界大戦の死者6000万人や両大戦の死者の合計をも超えていた可能性が高い。従来は内務省統計を根拠として、日本では約2300万人の患者と約38万人の死亡者が出たとされていたが、実際には死亡者は少なくとも45万人程度ともっと多かったとみられている〔注2〕。

地球上で20世紀最大の惨事といえば、多くの人が第2次世界大戦をあげるだろうが、死者数でいえばスペイン風邪だったということになる〔注1〕。
第1次大戦後のパリ講和会議でドイツに過大な賠償金が課されたのは、これに批判的だった米国のウイルソン大統領がスペイン風邪に感染して体調を崩していたことも影響していた。スペイン風邪は第2次世界大戦の遠因になったともいえる〔注1〕。

病原菌が世界の歴史を大きく動かしてきた

また、ジャレド・ダイアモンドは、フェルナンド・コルテスがアステカ帝国を、フランシスコ・ピサロがインカ帝国を滅ぼしたことには、天然痘が欧州から1520年頃に新大陸に持ち込まれて、まったく免疫のなかったアメリカ大陸の人々が感染し多くの死者を出したことが影響したとしている〔注3〕。欧州諸国がアフリカやアメリカ、オーストラリア大陸を支配するようになる過程で、欧州から持ち込まれた病原菌が大きな惨禍をもたらした。歴史に名が残る人物たちが動かしてきたと思われている世界の歴史は、実は病原菌によって動かされていたというわけだ。

グローバル化によって人の往来が活発になった現在では、水ぎわで感染者の入国を食い止めるのは難しい。国立感染症研究所はスペイン風邪の際に、「オーストラリアは特筆すべき例外事例」だったとして、同国が厳密な海港における検疫で国内侵入を約6カ月遅らせることに成功したことを紹介している〔注4〕。

ただ、現在のように飛行機で多くの人が移動する場合には、海外で感染しても入国時には発症していないことも多く、水ぎわで病原菌の侵入を防ぐのはほとんど不可能だ。スペイン風邪と同じ程度の、国民の4分の1が感染し2%が死亡するというような事態に日本は対応できるだろうか。大流行対策は「医療ではなく、国家危機管理の問題」〔注2〕とも言われるが、法律や制度、組織体制は十分なのだろうか。

〔注2〕「強毒性新型インフルエンザの脅威」岡田晴恵編(藤原書店、2006年)
〔注3〕Diamond, Jared, “Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies”, Norton(1997)、 (邦訳「銃・病原菌・鉄」(草思社文庫、2012年)
〔注4〕「インフルエンザ・パンデミックに関するQ&A」国立感染症研究所、感染症情報センター
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