「スター・ウォーズ」が善悪を線引きしない理由 万国共通の「哲学の教科書」としての醍醐味

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結局、善悪の区別などない。自分にとっての価値、自分にとっての損得が基準なのである。スピノザが言うように、いいものだから欲しいのではなく、欲しいからそれがいいものになる。欲望が価値をつくるのだ。スピノザを引用しよう。

「ものを善と判断するから、そのものへと努力し、意欲し、あるいは衝動を感じあるいは欲求するのではない。むしろ反対に、あるものを善と判断するのは、そもそもわれわれがそれに向かって努力し、意欲し、衝動を感じあるいは欲求するからである」

物事はあるがままに受け入れるしかない

『シスの復讐』のオペラの場面で、パルパティーンはついにアナキンを本気で、暗黒面に引きずり込もうとする。「何が正しいかは視点によるのだよ」。

彼は、アナキンをダークサイドに引き入れるためにうそをついたのだろうか。いや、これは彼の本心だろう。しかもあながち間違いではない。

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「もしこの僕が、僕自身の生活において、何か間違ったことをしているのであれば、(中略)誤った行動をするとすれば、故意にそうしているのではなく、僕の無学のためだからね」とプラトンが書いているように、最初から悪意を持って生まれる者はいないのだ。

絶対悪に身を投じる者でも、当人はよかれと思ってしているのであり、誰かを傷つけようと思っていたわけではないのだ。銀河帝国の初代皇帝であるパルパティーンでさえ、「シス(暗黒面のフォースを信奉する者)たちは、正義と秩序を信奉している」と言うのである。

スピノザは、「善悪に関しても、それらは、ものがそれ自体で考察される限り、その中になんら積極的なものを示さない思惟の様態にすぎない」としている。

ここでいう善悪とはすなわち、ものの見方であり、欲望のあり方のことである。誰もが自分こそは世界の中心だと思っている。善悪が各人のものの見方で決まるのならば、神ではなく人の判断である。人は苦しみや不幸を嘆くが、それはその人にとっての苦しみであり、不幸である。

だが、そもそもこの世界には人間以外の生物もいる。自分たちが不幸だからといって、この世界は完璧ではないというのはおかしいのではないだろうか。

「神が存在するなら、なぜ世界はこんなに不幸にあふれているのか」という問いがあるが、悪など存在しない、少なくとも実証的に存在する悪はないと考えればこの問いも解決できる。フォースに暗黒面が存在するのなら、フォースの中に善悪の両方が存在しているか、もしくはどちらも存在していないかである。

スター・ウォーズの神「フォース」は、宗教上の神の概念よりも、スピノザの説く神に近い。スピノザにとって神とは自然であり、森羅万象である。

自然界ではすべてが調和している。人間社会という小さな世界と少し距離を置き、「さめた目」、つまり「科学的」にものを見ることが大事だとスピノザは説く。

物理学者は、なぜ思いどおりの速度でものが落ちないのかと嘆くことなく、事実を観察して落下の法則を発見する。数学者は三角形より四角形が好きだと主張することなく、三角形の定理を導き出す。物事はあるがままに受け入れなくてはならない。

神はなぜ人の不幸を放置しておくのかと嘆くことは、「なぜ神が円に球のすべての特質を与えなかったのかと問うのと同じく不条理なこと」なのだ。

ジル・ヴェルヴィッシュ 哲学者

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Gilles Vervisch

1974年、フランスのルーアン生まれ。ポップ・カルチャーをもとに哲学を語ることを得意とする。高校で哲学を教える傍ら、ラジオやテレビなどメディア出演も多い。

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