「スター・ウォーズ」が善悪を線引きしない理由 万国共通の「哲学の教科書」としての醍醐味

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スター・ウォーズの人気キャラクターの1人にボバ・フェットがいる。出番はそう多くなく、『ジェダイの帰還』では早々にサーラックに飲み込まれて姿を消してしまう。しかもヘルメットをかぶっているため、本当の顔すらよくわからないのだ。

それなのに、なぜ彼は魅力的なのだろう。ドライヤーのような形の宇宙船のせいだろうか。いや彼は、「憎めない小悪党」であるがゆえにみんなから愛されているのだ。

小悪党という意味ではハン・ソロも同じである。ボバ・フェットは賞金稼ぎ、ハン・ソロは密輸業者だ。2人は同じような世界から来ている。スター・ウォーズの主人公たちは、つねに過酷な環境にさらされてきた。これもまた善悪の二極化を象徴している。

片や雪に閉ざされた厳寒地帯、片や溶岩や火の燃え盛る灼熱地帯だ。温暖な気候は存在しない。タトゥイーンは砂漠の町だ。その光景は無法地帯を思わせる。西部劇に出てくる誰のものでもない未開地のようなものだ。

善悪の区別などない。欲望が価値をつくる

『帝国の逆襲』の最後で、ハン・ソロが炭素冷凍装置に入れられたとき、ボバ・フェットはダース・ベイダーを止めようとし、「死体では価値がありません」と言う。もちろんソロに同情しているわけではない。

ボバ・フェットは賞金ハンターであり、ハン・ソロを生きた状態でジャバ・ザ・ハットに引き渡さなければ金が得られないのだ。ダース・ベイダーは「殺すつもりはない」とボバ・フェットに告げる。

そもそも当のハン・ソロにしても、決して上等な人間ではない。少なくとも途中まで、彼は正義の側の人間ではなかった。エピソード4『新たなる希望』で、ミレニアム・ファルコンをルークとベン・ケノービに提供したのも最初は金が目当てだった。

ボバ・フェット同様、ハン・ソロも金がすべての人間だ。ルークもそれがわかっていたから、レイア姫を救出すれば彼女の地位と金によってそれなりの報酬があるはずだと持ちかけた。

ハン・ソロもボバ・フェットも、リアルな人間像に近い。善人でも悪人でもなく、自己中心的なのだ。エゴイストとは、自分のことしか頭にない人のことだ。私たちは善悪を、自分にとっての損得、もしくは気分的な好き嫌いによって判断している。

オランダの哲学者・スピノザ(1632~1677)もこれを指摘している。

「悪とはあらゆる悲しみ、そして特に望みを妨げるようなものである」

つまり私たちの欲こそが、善悪の基準となっているというわけだ。ボバ・フェットもそれを否定しようとはしない。

ダース・ベイダーにとっては、ハン・ソロがどうなろうと構わない。彼にとってハン・ソロは、ルークをおびき寄せるための囮でしかないからだ。ダース・ベイダーにとって価値があるのは、ルークだけなのだ。

ところがボバ・フェットのほうでは、ルークなどどうでもいい。金にならないからだ。もし生死に関係なくハン・ソロを引き渡せば金になるのならば、ボバ・フェットにとってハン・ソロの命はどうでもよいものだったはずだ。

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