アメリカ保守が「建国の父」を自己批判した理由 リベラリズムが「格差拡大、国民分断」を生む

✎ 1 ✎ 2 ✎ 3 ✎ 4 ✎ 最新
拡大
縮小

それを改め、再びローカルな共同体重視の生活実践を信頼し、政治社会の構想を練り直すべきだ」と述べる。ポストリベラルの新しい社会構想は、理論的に作るのではなく、共同体重視の生活実践にもう1度立ち返って、その生活実践のなかから時間をかけて徐々に紡ぎだしていくべきものだというのである。

アメリカの自己反省の書

本書を通読して、格差の拡大、国民の分断、民主主義の機能不全、そして秩序形成における文化や自己陶冶の重要性など、問題意識については共感できる部分が多いと感じた。

共通の社会規範があれば秩序が自生的にできるので、穏健な統治が可能になる。ばらばらの個人、文化的共通性がない人々をまとめようとすると、強力な体制が必要になってくるという指摘も、そのとおりだと感じる。

一般に大陸国家は広大すぎて、共通の文化はなかなか育まれない。中国にしろロシアにしろ、大陸中央に中央集権的な巨大国家がつねに生まれてしまうのは、文化的にばらばらな国民をまとめるためという必然性からだった。

グローバル化が進めば、こうした大陸国家だけではなく、日本やアメリカ、欧州諸国などの他の地域でも、ばらばらになった人々をまとめ、秩序を作り出すために強権的な管理国家を作り出さざるをえなくなるのではないだろうか。

もう1つ、リベラリズムの人間観についての指摘も共感できる。特定の時間、特定の場所から人間を切り離して捉えたことで、文化的差異が入り込む余地がなくなってしまった。それがグローバル化を称賛することにつながったという点である。

一方で著者がリベラリズムの理論全般に疑いを持って、「理論ではなく実践から始めよ」と「大草原の小さな家」のような古き良き共同体重視の生活に戻れというかのごとく主張するのは、やはり極端すぎるだろう。

文化や歴史、風土を担った存在としての人間観を前提に新たに理論を組み立て、リベラリズムを捨てるというよりは改善して、具体的な制度的変革に結びつけていくことは十分、可能なはずだ。

著者はペーパーバック版の序文で、「この本は多くの人からは無視されるだろうと思っていた」と書いている。それが意外に好評を博し、リベラル派からも真面目に取り上げられる結果となった。

アメリカでこうした反リベラリズムの主張が受け入れられたのは、著者も自己分析しているように、グローバリズムやその根底にある行きすぎたリベラリズムに対する人々の疑念が強まっているからであろう。外国人の目から見ると「アメリカの自己反省の書」といった趣も感じさせる。

現在の世界の政治情勢を考えるうえで、大変刺激的な本と言える。

施 光恒 政治学者、九州大学大学院比較社会文化研究院教授

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

せ てるひさ / Teruhisa Se

1971年福岡県生まれ。英国シェフィールド大学大学院政治学研究科哲学修士(M.Phil)課程修了。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程修了。博士(法学)。著書に『リベラリズムの再生』(慶應義塾大学出版会)、『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』(集英社新書)、『本当に日本人は流されやすいのか』(角川新書)などがある。

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT