英国は「合意なき離脱」が避けられないのか 英国下院は「合意」を歴史的大差で否決

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3月29日の協議期限まで70日余りとなった時点で英国内の意見集約ができていない状況を考えれば、このまま合意できずに協議期限を迎える不安が広がるのは当然のことだろう。今後の議会の意見集約も難航が予想されるうえ、微修正後の合意内容の受け入れ是非を問う下院採決が改めて通ったとしても、協議期限までに上下両院で離脱関連の法制化作業を終えなければならず、残された時間は非常にタイトだ。

その一方で、過去数週間に議会で可決した修正動議の多くは、議会の過半数が「合意なき離脱」の回避で一致している。協議期限の延長や離脱の撤回(欧州司法裁判所は昨年12月、英国が離脱の通告を一方的に取り消すことが可能とする法的見解を発表している)という選択肢があるなかで、あえて合意なき離脱を選択する理由はない。

現実問題として合意なき離脱が起こるのは、①メイ首相が退陣し、合意なしで構わないと考える強硬離脱派が後継党首に就任する、②協議期限の延長をめぐって、英国とEUとの協議が暗礁に乗り上げる、③協議期限直前の議会採決で票を読み誤り、政府や議会の予想に反して合意や協議期限の延長ができずに協議期限を迎える――場合に限られよう。

「国民投票のやり直し」もいばらの道

3カ月程度の協議期限延長が議会の意見集約につながるかは不透明だ。EU側は再度の延長に難色を示す可能性があり、退路を断つことで議員が何度かの修正後の合意受け入れに傾くように働きかけることが予想される。ただ、今回の採決での反対票の数の大きさと、EU側が大幅な合意内容の見直しに応じるかが不透明な点を踏まえれば、再び意見集約ができない状況も十分に考えられる。その時こそ、国民投票のやり直しがより本格的に検討されることになりそうだ。

国民投票のやり直しもいばらの道だ。確かに最近の世論調査では、残留支持が離脱支持を逆転している。ただ、2016年の国民投票直前も残留支持が若干リードしているとの世論調査が多かった。これまでも世論調査には何度も裏切られている。残留支持が逆転したとは言え、その差は数%ポイントに過ぎない。英国民の4割以上は今も離脱を支持している。勝ち取った筈の「離脱」の権利を奪われるとすれば、離脱支持者からの激しい反発が予想される。英国の分断は一層深まろう。

国民投票をやり直すにはかなりの時間が掛かる。2016年の国民投票では、法案審議に7カ月、投票準備に6カ月を要した。3カ月程度の延長の末にやり直し投票に向かう場合、結果が確定するまでにそこから約1年を要する(2020年半ば?)。その頃には、1年に1回限りの保守党の党首不信任手続きが再び解禁されている。「離脱阻止」を阻止するために、強硬離脱派が再びメイ降ろしに動き出しているかもしれない。終わりのない混沌が英国を待ち構えている。

田中 理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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たなか おさむ / Osamu Tanaka

慶応義塾大学卒。青山学院大学修士(経済学)、米バージニア大学修士(経済学・統計学)。日本総合研究所、日本経済研究センター、モルガン・スタンレー・ディーン・ウィッター証券(現モルガン・スタンレーMUFG証券)にて日、米、欧の経済分析を担当。2009年11月から第一生命経済研究所にて主に欧州経済を担当。

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