メイ首相は党首不信任案否決でも薄氷踏む 次の関門はEU離脱合意案の採決や内閣不信任

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その際にEU側が改めて再協議に応じるのか、筆者は多くの譲歩を期待することは難しいと考える。EU側も合意なし離脱(無秩序離脱)を恐れている点では英国側と一致するが、最近、①協議期限が到達する以前であれば、英国が離脱の通告を撤回可能との法的見解を欧州司法裁判所が発表したこと、②英議会が合意の受け入れを拒否した場合、その後の政府の行動に対して議会の関与を強める修正法案が可決されたことを受け、いざとなれば英国議会が合意なし離脱の回避に動く余地が生まれた。

この2点から、EU側があえて助け舟を出さないことで、英国議会がよりソフトな形の離脱(たとえばノルウェー型)や残留(離脱撤回や再投票)に傾くことが期待できると考えれば、合意内容を大きく見直すことは望めない。さらに、今回メイ首相が離脱後に自ら身を引く意向を示唆し、後継首相はより強硬な離脱派となる公算が大きい。将来関係協議での英国との難しい交渉に備え、EU側もバックストップという切り札をこの段階で手放す可能性は低い。

次は労働党から内閣不信任案が出る

さらに、1月中旬に予定される下院採決が否決された直後に、労働党を中心とした野党勢がメイ政権に対する内閣不信任案を提出する展開が予想される。ただ、英国の一体性を損ねるとして合意内容を拒絶するDUPは北アイルランドの英国残留を望むユニオニストで、アイルランド再統一派(ナショナリスト)に近い労働党のコービン党首が首相に就任することを望んでいない。内閣不信任投票ではメイ政権に信任票を投じる可能性が高い。

問題は今回メイ首相の党首不信任を求めた与党議員がどのように行動するかだ。メイ降ろしの機会が奪われ、離脱協議がより穏健な離脱や残留に傾きかねない状況で内閣不信任投票が行われれば、与党議員の一部が野党の内閣不信任に同調する恐れがある。むろん、保守党内の強硬離脱派は政権交代を望んでいるわけではないが、内閣不信任案が通り、メイ首相が約束どおりに党首の座を退けば、自らの勢力が後継党首を擁立して解散・総選挙に臨むシナリオを描くことが可能になる。

この場合、来年3月29日の離脱期限をいったん延長したうえで(EU側も総選挙を理由とした延長要請には応じるとみられる)、総選挙後の新政権が離脱協議をまとめることになる。こうしたシナリオが現実のものとなった場合、再協議やより強硬な離脱を唱えてEUとの対立を蒸し返しかねない保守党政権か、基幹産業の再国有化など時代錯誤な社会主義路線を歩みかねない労働党政権か、どちらも英国に対する不安を掻き立てる選択となる。

田中 理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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たなか おさむ / Osamu Tanaka

慶応義塾大学卒。青山学院大学修士(経済学)、米バージニア大学修士(経済学・統計学)。日本総合研究所、日本経済研究センター、モルガン・スタンレー・ディーン・ウィッター証券(現モルガン・スタンレーMUFG証券)にて日、米、欧の経済分析を担当。2009年11月から第一生命経済研究所にて主に欧州経済を担当。

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