低い参入障壁で激しい競争、パソコン業界の悲哀《特集マイクロソフト》

拡大
縮小

「下」のレイヤーはつねに激しい競争環境

デルの失速と同時期、変化の波に乗って復活を遂げたのがHPだ。業績低迷で解任されたカーリー・フィオリーナ前CEOの後を05年に継いだマーク・ハードCEOは、投資家からパソコン事業縮小を求められる中、「事業規模の大きさが優位性につながる」と断言。一度はプリンタ事業と統合したパソコン事業を再び独立させ、個人向け製品強化を軸に拡大路線を模索した。

「若者たちが自分の端末で何をしたいか、HPはゼロから見直した」。グローバルマーケティング担当のサティーブ・チャヒール上級副社長は言う。注目したのは携帯電話だ。パソコンを進んで買わない米国の若者が、数カ月のペースで携帯を買い替えるのはなぜか。その分析からHPは「コミュニケーション機能」「操作画面の使いやすさ」「所有感が抱けるファッショナブルな色とデザイン」といった点を強化した。

この改善を販売に反映できたのは、HPがデルにはない大きな資産--家電量販店や専売店など世界10万カ所に上る販売拠点--を築いていたからだ。「(直販が軸の)デルは確かに効率に長けていたが、個人消費者は実際に商品を見て触って買うものだ」(チャヒール上級副社長)。

一方で製造面では、EMS(電子機器製造請負サービス)などへ積極的に委託。ネットブックの素早い発売も、委託生産の賜物だ。委託生産品の中には販売網以外は、デザインから開発まで一切HPの手を経ないものまであるという。HP側に残る利益は小さいが、それでも成り立つのは1日平均14万台というボリュームがあるから。ハードCEOの言う“規模の優位性”だ。

HPは足元業績も業界では出色の堅調ぶり。だが、今後はネットブックに引きずられる形でパソコン全般の価格下落が進むと懸念され、HPも収益確保の次の手を打つだろう。その場合に納入価格の下げ圧力という形で波をかぶるのが、業界の土台である受託製造業者だ。

「わが社は(電子機器の受託製造企業で)最高の格付けを得ている。経営不安に対するあらゆる噂を否定する」。11月中旬、受託製造最大手の鴻海精密工業(ホンハイ・通称フォクスコン)は台湾株式市場に向けて緊急声明を出した。HPやソニー、アップルのパソコンのほか、ノキアの携帯電話なども製造する巨大企業だが、製品の単価下落を受け08年上期は営業減益に陥った。さらに下期は世界的な消費減速も予想されたため、アジアの電子業界に「ホンハイが部品メーカーへの支払いを遅らせている」といった噂が流れた。

噂の真偽はともあれ、受託製造業者が絶え間ない単価下落と消費減速を前に危機感を高めているのは確かだろう。これらの企業は目下、来春以降の生産量拡大を狙いパソコンメーカーからの受注争奪戦を繰り広げている。特に、ソニー、アップルなど、ネットブックに参入していないビッグネームへの営業に懸命だ。

その一方で規模争いに見切りをつけ、上のレイヤーを狙って自社製品をブランド化する動きもある。手本はネットブックをいち早く手掛けたアスース。従来はソニーやアップルのノートパソコンを受託製造していたが、EeePCで自身がパソコンブランドに転身。自社製品を他社に製造委託するまでになった。

往年のパワーはないとはいえ、ウィンテルの支配力は健在だ。ウィンテルをコアに据えた水平分業の構図の中では、下のレイヤーに安泰はない。つねに変化するものだけが生き残れる--悲哀すら漂う厳しい業界構造は、今後とも変わることはない。


(週刊東洋経済)
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