結婚直前の著名ジャーナリストが「消えた」怪 サウジアラビアの辣腕皇子に疑惑の目

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アメリカのニューヨーク・タイムズ紙は9日、トルコの治安当局は、カショグジ氏がサウジ王室上層部の命令によって領事館内で殺害された、と結論付けたと報じた。トルコ当局は15人の顔写真を公表、ほぼ全員がサウジアラビア政府や治安組織に属しているという。1人は検視の専門家で、遺体の解体を容易にする役割があった可能性があるとしている。

監視カメラには領事館に入るカショグジ氏の姿が映っている(写真:Reuters TV)

事件解明のカギとなるのが、領事館内や領事館周辺に設定された監視カメラの映像解析だ。エルドアン首相は「カショグジ氏が領事館を出たと主張するだけでは身の潔白は証明されない。もし彼が去ったなら、映像で証明しなければならない」と訴え、サウジアラビア側に監視カメラの映像提供を要求した。

ところが、駐米サウジアラビア大使はポスト紙に対し、領事館のカメラは録画されていなかったと主張している。トルコ側が領事館周辺に設置した監視カメラの映像を確認したところ、10月2日にカショグジ氏が領事館から出た形跡はなかった。

まるでシリコンバレーにいるビジネスマン

高齢のサルマン国王に代わってムハンマド皇太子は、国防や経済など国政全般を指揮。脱石油を目指す経済改革計画「ビジョン2030」の旗振り役として開明派との呼び声もある。皇太子に何度か会ったことがある外交筋は「シリコンバレーにいるようなビジネスマンだと思った方がいい」と人物像を説明する。政治の舞台に登場した当初は英語もあまり話せなかったが、最近では通訳を介さずに英語でやりとりする場面が増えているという。

だが、ムハンマド皇太子は外交や内政では手荒で独裁的な姿勢が目立つ。穏健な外交が特徴だったサウジアラビアはムハンマド皇太子が実権を持つようになって以降、イエメンへの軍事介入(2015年4月)や、独自外交を展開してイランに接近したカタールとの断交(2017年6月)、汚職嫌疑によるサウジ王族らの一斉粛清(2017年11月)、サウジアラビア活動家の釈放要求は内政干渉だとしてカナダ大使を追放(2018年8月)など、強引な外交姿勢に傾いた。

「ムハンマド皇太子に反対できる雰囲気ではない」(サウジアラビア人識者)と、事実上の恐怖政治が繰り広げられている。側近もイエスマンで固め、耳障りな助言は受け付けないという。

前出の外交筋は「西側メディアのサウジアラビアに関する報道には、悪意やさげすみが含まれている場合があり、誤った情報も少なくない」と指摘する。だが、カショグジ氏のようにムハンマド皇太子の政策の方向性は支持しながらも、その強引な進め方や独善性に懸念を持つ声は高まる一方だ。

ムハンマド皇太子を支持するサウジアラビア人編集者は「(殺害説は)ハリウッド映画の台本だ。政策への反対派を外国にある公館で殺害するような国家は存在しない。カショグジ氏の生命の安全を確保するのはトルコ政府の責任だ」と述べる。ところが、前述のようにムハンマド皇太子には、冷酷で激しやすい一面があることから、殺害説が現実味を帯びてくるのも無理はない。

中東を取り巻く政治情勢も、殺害もありうるのではないかと疑惑の目が向けられる材料になっている。目下、中東ではイスラム教スンニ派の盟主を自任するサウジアラビアと、シーア派の大国イランの宗派間対立が深まるばかり。この対立で、同じスンニ派ながらもトルコとサウジアラビアは、深刻な対立関係に陥っている。

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