愛知製鋼、進まない「スパイ容疑裁判」の不毛 トヨタグループで起きた新技術めぐる争い

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裁判官もこの指摘を認め、初公判後、非公開の期日間整理手続きで争点を整理することになった。しかし弁護団の1人は「検察側の根本的な技術への理解や証拠固めの方針が定まっていない。争点整理が1年近くに及ぶことは決して珍しくないが、こんなに入り口の議論で止まっているのは初めてだ」とあきれたように言う。今年度に入り地裁や地検の担当者も異動で代わり、一層混迷が深まっているのだという。

スマホの拡大戦略めぐり路線対立

もともと愛知製鋼のセンサーは、名古屋大学の毛利佳年雄(かねお)名誉教授が発見した「磁気インピーダンス(MI)効果」を基に、名大で磁性物理学を学んだ本蔵氏が量産品とするため1999年に共同開発をするところから始まった。

本蔵氏の指揮下で、愛知製鋼の技術者が試行錯誤を重ね、2000年にはMI効果を利用したセンサー素子の開発に世界で初めて成功、2001年からは量産技術の確立に進んだ。

不正競争防止法違反での逮捕、起訴に対して無実を訴える本蔵義信氏(筆者撮影)

熱処理した金属繊維(アモルファスワイヤ)を基板上の深さ50マイクロメートルほどの溝に並べ、メガヘルツ単位の電流を通電。地磁気に対する反応などをワイヤの周囲に巻いたコイルを通じて検出すると、それまでの磁気センサーに比べて1万倍以上という高感度の性能を得られた。製造装置にも工夫を重ねて素子の小型化に成功した。

このセンサーはスマートフォンの「電子コンパス」として、現在地表示などに活用されている。グーグルのアンドロイド端末に広く採用され、アップルの「iPhone」への供給も検討された。

鉄鋼製品が主力の愛知製鋼にとっては新規事業分野であったが、将来的な電気自動車、自動運転車時代の到来を見据え、トヨタグループの中枢も本蔵氏の研究開発に注目していた。

当時のグループ幹部は「電子コンパスをきっかけに、より精度を高めて自動車用センサーとして本格開発する提案はあった。愛知製鋼は素子の量産に徹し、デンソーやアイシン精機がセンサーとして完成させる可能性もあっただろう」とする。一方で、「本蔵氏は根っからの研究者肌。その彼が生産部門を抱え込み、さらに営業まで任せられたところから歯車が狂ってしまったのでは」と指摘する。

特に2004年以降、トヨタ自動車から愛知製鋼に迎えられた社長、副社長の就任が相次いでから、本蔵氏が率いる電磁品部門への見方が厳しくなった。本蔵氏が海外企業と直に取引を進めたうえ、MI素子の単価を引き上げられず「安売り競争」に入り込んでしまったからだ。そしてスマートフォン向け事業の継続、拡大をめぐって本蔵氏と首脳陣の路線対立が鮮明化。2012年の株主総会で本蔵氏は当時の役職である技術統括専務を任期満了前に退き、技術部門へのアクセス権のない委任契約の技監となることが決まった。事実上、センサー事業から「外された」のである。

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