過労・うつ…幼い息子の首締めた32歳の悔恨 わが子を殺しかけた記憶がぬぐえない

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マサキさんは昨年から今年にかけてひどいうつ状態となり、半年ほど休職したという。迷惑をかけたに違いないと思うと、復職の際、1人で出社する決心がつかず、この勤め先を紹介してくれた作業所の職員に付き添ってもらった。すると、社長が「そんなこと、気にしなくてもいいのに」と笑って出迎えてくれたという。「どんなことがあっても受け入れてもらえる。この会社と社長に出会えてありがたい」。

昨年に休職する原因となったうつの症状は「発症したときと同じくらいのひどさ」だった。一方でこのときの回復には、はっきりとしたきっかけがあったという。

昨年末、何となくつけていたテレビから一編の詩を朗読する声が聞こえてきた。産婦人科を舞台とした医療ドラマ「コウノドリ2」の最終回。ダウン症の子どもを育てる母親で、米国の作家エミリー・パール・キングスレイさんが書いた「オランダへようこそ」という詩だった。

ただ、ちょっと「違う場所」だっただけ

詩の中では、障害のある子どもを授かることを、華やかなイタリアへの旅行を夢見ていたのに、いざ飛行機に乗って到着してみると、そこはオランダだった、という話にたとえる。「あなた」は最初、戸惑うでしょう。でも、オランダは、イタリアとは違うけど、「飢えや病気だらけの、恐ろしく、ぞっとするような場所」ではない。自分がたどり着いたのは「ただ、ちょっと『違う場所』だっただけ」。そんなフレーズが2回繰り返される。

「あっ、そうなのか。自分も人よりちょっと違う人生を歩んでいるだけなんだ」

何日も自宅に引きこもっていたマサキさんの心にこのフレーズが染み入ったという。

彼は、うつは生涯治らないと思うという。子どもにも一生会うことはできないかもしれない。それでも、週2からスタートした仕事は、今は週3になった。将来はフルタイムで働いて自活することが夢だ。いつか、自分の運命や、うつ病になったから得ることができた出会いや縁を慈しむことができる日がくるのだろうか。

詩はこんなふうに結ばれる。

「あなたの周りの人たちは、イタリアに行ったり来たりと忙しくしていて、とてもすばらしい時間を過ごしたと自慢するかもしれません。そして、あなたはこの先もずっとこう言い続けるでしょう。『そう、私もイタリアに行くはずだった。そのつもりだったのに……』。

イタリアに行けなかった心の痛みは決して、決して消えることはないでしょう。だって失った夢はあまりに大きすぎるから。でも、イタリアに行けなかったことをいつまでも嘆いていたら、オランダのすばらしさや美しさを心から楽しむことはできないでしょう」

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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