スポティファイ悩ます音楽業界との駆け引き 定額配信の巨人がNY上場、黒字化は可能か

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快進撃を続けるスポティファイだが、重大な課題も付きまとう。創業以来、同社は営業赤字だ。2015年は2.35億ユーロ、2016年は3.49億ユーロ、2017年は3.78億ユーロの赤字を計上。最大の重荷は音楽レーベルやアーティストなど著作権者へのロイヤルティ支払いだ。これまでの総額は80億ユーロ以上に上るという。マーケティング費用、先述の研究開発費などの負担もあり、2018年も2.3億~3.3億ユーロの営業赤字となる見通しだ。

3月の上場説明会ではスポティファイとアーティストとの関係の重要性を強調。英国人歌手サム・スミスなど、再生回数の多い人気歌手への言及もあった(写真:Spotify)

とはいえ、自社の利益だけを優先するわけにもいかない。スポティファイは元来、音楽業界における違法配信のアンチテーゼとして始まった経緯がある。ユーザーを音楽に引きつけると同時に、アーティストへの利益配分を増やし、業界の再成長を牽引する使命を自ら背負っているのだ。実際エク氏は上場説明会で、「1999年から2014年までは音楽市場は40%落ち込んだが、(スポティファイの成長が加速した)2015年以降はプラス成長に転じた」と強調した。

スポティファイと同じく専業でニューヨーク取引所に上場している米パンドラ・メディアは、上場以来一度も年間の営業黒字を達成したことがない。多額のロイヤルティ負担と持続可能なビジネスモデルを両立させるのは至難の業といえる。

世界最大手のレコード会社と渡り合えるか

スポティファイの資料によれば、米ユニバーサル・ミュージック・グループ、ソニー・ミュージック・エンターテイメント、米ワーナー・ミュージック・グループという3大メジャーと、独立系レコード会社を代表するマーリン・ネットワーク社との契約が全体の85%以上を占める。これは、一部で契約条件の悪化があった場合、ビジネスの根幹が揺らぎかねない状況に陥るということだ。多数のアーティストとユーザーが参画する強大な勢力でありながら、事業基盤は微妙なバランスの上に成り立っているといえる。

世界で例外的にCDが売れ続ける日本での戦略も気になるところだ。日本は2015年に数々の定額配信サービスが誕生・上陸し、一気に定額配信時代に突入した。当初は人気アーティストの楽曲が配信サービスに提供されず、ラインナップの乏しさが指摘されていた。そのため、各社とも有料会員の獲得に苦戦した経緯がある。スポティファイはそんなさなかの2016年、他社に遅れて上陸した。

2016年9月、日本上陸の際に東京で記者会見を行ったダニエル・エクCEO(撮影:風間仁一郎)

だが、ここ数年で定額配信に理解を示すアーティストは増え、有名アーティストの楽曲提供も珍しくなくなった。現在はどのサービスも楽曲ラインナップはほぼ横並びだ。こうした背景もあり、2017年の定額音楽配信の売り上げは237億円となった(日本レコード協会調べ。区分変更により2016年と厳密な比較はできない)。シングル・アルバムのダウンロード販売は267億円であり、これに迫る規模になっている。

スポティファイにおけるアジア太平洋地域の売上高は10%ほど。欧米に比べると進出国も少なく、まだ小さい。ただ少なくとも定額配信のユーザーの裾野は広がっており、日本のスポティファイのユーザーも増えているとみられる(ユーザー数は非公開)。

株式上場で一つの節目を迎えたスポティファイ。定額配信モデルを世界の音楽業界に根付かせ、一段の成長に導くことができるのか。黒字化への長い道のりはまだ始まったばかりだ。

田邉 佳介 東洋経済 記者

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たなべ けいすけ / Keisuke Tanabe

2007年入社。流通業界や株式投資雑誌の編集部、モバイル、ネット、メディア、観光・ホテル、食品担当を経て、現在は物流や音楽業界を取材。

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